北韓の金正恩総書記は、2023年から断韓政策、すなわち韓国は敵国であり統一はしないという姿勢を打ち出した。それ以後、あらゆる場面で「韓国」を排除し、別の国家・民族であるという概念を北韓社会に植え付けようとしている。
その影響もあり、脱北者の減少傾向がとまらない。韓国統一省によれば、24年上半期に韓国に入国した脱北者は105人で、昨年と概ね同じ水準だった。03~11年は、年間2000~3000人の水準だったが、金正恩政権が本格始動し、脱北者への罰則が強化された12年以降は、年間平均1300人台に減った。コロナ禍の国境封鎖の影響もあり21年と22年の入国者数はそれぞれ63人、67人で、23年は196人が韓国に入国したに過ぎない。
国境封鎖の影響も大きいが、金正恩の断韓姿勢は今後も強化されることが予想され、脱北者の減少傾向は止まらないだろう。
北韓内部では保衛部(秘密警察)が、脱北者家族に対する取り締まりを強化している。最近、咸鏡北道(ハムギョンプクト)の会寧(フェリョン)市の保衛部が、脱北者家族を相手に不法に仕送りを受けた事実を認め自首するよう強要している。保衛員の執拗な圧迫に自首はもちろん、仕送りを受けた金を上納する事例も増えている。
デイリーNKの現地情報筋によると、会寧の保衛部は脱北者の家族を相手に、ここ数年の間に送金ブローカーと接触したことがあるか、脱北した家族と連絡したことがあるか、仕送りを受けた事実があるかなどを詳細に明らかにしようと要求している。
保衛部は、脱北者家族に過去の仕送りまで上納することを強要し、非協力的な態度を見せれば「追放リストに載せる」と脅迫する。保衛部や国境警備隊にとって脱北者は、行為を見逃してワイロを得る「金づる」だった。しかし金正恩総書記の断韓政策の影響もあり、北韓当局は「祖国を裏切った反逆者」である脱北者と連絡を取り、さらには金を受け取る脱北者家族を「危険分子」に分類、監視と統制を強化している。
一部の脱北者家族は過去にブローカーと接触した事実、脱北した家族と連絡した事実などを具体的に記した自首書を作成し、仕送りを受けた金を保衛部に上納している。会寧の脱北者家族は1万人民元(約20万円)を、また別の脱北者家族は6000人民元(約12万円)を保衛部に上納したという。
家族が提出した自首書には、仕送り方法が詳細に記されており、送金ブローカーが訪れれば申告する約束も含まれている。北韓当局の徹底した取り締まりの影響もあってか、最近は脱北者の家族が送金ブローカーを訪ねてきても最初からは受け取らず、むしろ「早く帰れ」と追い返すケースも増えている。
強力な監視と統制に絶望した北韓国内の脱北者家族が「お金もいらない。飢えても気楽に暮らしたい」という気持ちで外部との連絡を自ら遮断しているとの情報筋の話だ。
金正恩政権は、北韓の圧政と経済苦から逃れ、新しい人生を切り開こうとする数少ない「希望の道」まで「絶望の淵」に変えようとしているのだ。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |