ログイン 新規登録
最終更新日: 2024-11-19 12:39:03
Untitled Document
ホーム > アーカイブ > 小説
2010年03月23日 09:36
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
序曲(67) 金鶴泳

 洋子のアパートは、保谷駅の南口から西の方向に五分ほど歩いたところにあった。入口の横に、「緑荘」と書かれた看板が掲げられていた。
 祥一の住んでいるアパートと同じく、一階と二階が四部屋ずつになっているが、祥一のアパートが古びた簡易アパートなのに対し、緑荘は鉄筋コンクリート造りの、頑丈で真新しい建物である。入口の横に二階に通ずる階段があるが、それも幅のゆったりした鉄製の階段である。
 洋子は階段を昇って行った。昇り切ったところが、これも幅のゆったりしたコンクリートの廊下になっていて、洋子の部屋は、西はずれの一つ手前の六号室だった。
「ずいぶんいいアパートじゃないか」
 ドアのノッブに鍵を差し込んでいる洋子に祥一はいった。
「一年前に建てられたばかりなのよ。わたしが入居したのは、建てられてすぐのときだったわ」
 部屋は、六畳の和室一間と、リノリウム敷きの四畳半ほどのダイニングキッチンが付いている。和室には、祥一の部屋のよりいいベッドが備えられている。しかも、祥一のアパートは共同トイレなのに、洋子の部屋にはトイレが付いている。小さな冷蔵庫もある。洗湯は、歩いて二、三分のところにあると洋子はいった。
 狭苦しいなんてもんじゃない。二十(はたち)前の女が一人で住むにはぜいたくな気がした。
「ぼくのところにくらべると、よっぽどいい部屋じゃないか」
 狭苦しいというから、四畳半一間程度の部屋を彼は予想していた。アパートも、もっと古びたものを予想していた。


「会社がまとめて借りているアパートなものだから、住んでいる人は、N化粧品の社員なの。もっとも、ほかの人たちは、皆渋谷の本社の方に勤めているけれど」
 ダイニングキッチンには、小さなテーブルも据えられていた。
「ぜいたくな部屋だね」
 と祥一はいった。
「でも、部屋代の半分は、会社で持ってくれているのよ」
「君の会社は、そんなに儲かっているのかね」
 N化粧品会社は、中堅どころの会社である。
 狭苦しい部屋とは、こういう部屋のことか。すると、俺の部屋は、古びた超狭(ちょうぜま)の部屋ということになるな--と彼は内心苦笑をおぼえた。
「そういうことは、よくわからないけれど、営業成績はいいようね」
 洋子はカーテンを開け、ガスストーブに火をつけた。
 窓の向こうに点々と家が建っていて、数十メートル先が線路になっている。ちょうどそこを電車が通りがかっていて、車輪の音が響いてくる。
 騒音といったらそれぐらいのもので、車の通るような道も周囲にはなく、あたりはひっそりしている。線路の向こう側には畑が茫々とひろがっている。けやきの林もあちこちに見えた。
「ここだって、ずいぶん静かじゃないか」
 祥一はいった。
「でも、あの電車の音が気になるの。夜は特にそうだわ」
 洋子は冷蔵庫を開けた。
 祥一は洋子に近づいて行った。その腕を掴み、和室のベッドに引いて行った。

1984年9月21日4面

1984-09-21 4面
뉴스스크랩하기
小説セクション一覧へ
金永會の万葉集イヤギ 第30回
写真で振り返る2024年「四天王寺ワ...
李在明・共に民主党に1審有罪
北韓軍派兵に韓国は様子見モード
トランプ氏再選で変わる世界
ブログ記事
マイナンバーそのものの廃止を
精神論〔1758年〕 第三部 第28章 北方諸民族の征服について
精神論〔1758年〕 第三部 第27章 上に確立された諸原理と諸事実との関係について
フッサール「デカルト的省察」(1931)
リベラルかネオリベか
自由統一
北朝鮮人権映画祭実行委が上映とトーク
金正恩氏の権威強化進む
北韓が新たな韓日分断策
趙成允氏へ「木蓮章」伝授式
コラム 北韓の「スパイ天国」という惨状


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません