ログイン 新規登録
最終更新日: 2024-07-23 12:58:08
Untitled Document
ホーム > アーカイブ > 小説
2010年03月23日 09:36
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
序曲(67) 金鶴泳

 洋子のアパートは、保谷駅の南口から西の方向に五分ほど歩いたところにあった。入口の横に、「緑荘」と書かれた看板が掲げられていた。
 祥一の住んでいるアパートと同じく、一階と二階が四部屋ずつになっているが、祥一のアパートが古びた簡易アパートなのに対し、緑荘は鉄筋コンクリート造りの、頑丈で真新しい建物である。入口の横に二階に通ずる階段があるが、それも幅のゆったりした鉄製の階段である。
 洋子は階段を昇って行った。昇り切ったところが、これも幅のゆったりしたコンクリートの廊下になっていて、洋子の部屋は、西はずれの一つ手前の六号室だった。
「ずいぶんいいアパートじゃないか」
 ドアのノッブに鍵を差し込んでいる洋子に祥一はいった。
「一年前に建てられたばかりなのよ。わたしが入居したのは、建てられてすぐのときだったわ」
 部屋は、六畳の和室一間と、リノリウム敷きの四畳半ほどのダイニングキッチンが付いている。和室には、祥一の部屋のよりいいベッドが備えられている。しかも、祥一のアパートは共同トイレなのに、洋子の部屋にはトイレが付いている。小さな冷蔵庫もある。洗湯は、歩いて二、三分のところにあると洋子はいった。
 狭苦しいなんてもんじゃない。二十(はたち)前の女が一人で住むにはぜいたくな気がした。
「ぼくのところにくらべると、よっぽどいい部屋じゃないか」
 狭苦しいというから、四畳半一間程度の部屋を彼は予想していた。アパートも、もっと古びたものを予想していた。


「会社がまとめて借りているアパートなものだから、住んでいる人は、N化粧品の社員なの。もっとも、ほかの人たちは、皆渋谷の本社の方に勤めているけれど」
 ダイニングキッチンには、小さなテーブルも据えられていた。
「ぜいたくな部屋だね」
 と祥一はいった。
「でも、部屋代の半分は、会社で持ってくれているのよ」
「君の会社は、そんなに儲かっているのかね」
 N化粧品会社は、中堅どころの会社である。
 狭苦しい部屋とは、こういう部屋のことか。すると、俺の部屋は、古びた超狭(ちょうぜま)の部屋ということになるな--と彼は内心苦笑をおぼえた。
「そういうことは、よくわからないけれど、営業成績はいいようね」
 洋子はカーテンを開け、ガスストーブに火をつけた。
 窓の向こうに点々と家が建っていて、数十メートル先が線路になっている。ちょうどそこを電車が通りがかっていて、車輪の音が響いてくる。
 騒音といったらそれぐらいのもので、車の通るような道も周囲にはなく、あたりはひっそりしている。線路の向こう側には畑が茫々とひろがっている。けやきの林もあちこちに見えた。
「ここだって、ずいぶん静かじゃないか」
 祥一はいった。
「でも、あの電車の音が気になるの。夜は特にそうだわ」
 洋子は冷蔵庫を開けた。
 祥一は洋子に近づいて行った。その腕を掴み、和室のベッドに引いて行った。

1984年9月21日4面

1984-09-21 4面
뉴스스크랩하기
小説セクション一覧へ
ソウルを東京に擬える 第31回 居酒...
韓商新会長に柳和明氏
金永會の万葉集イヤギ 第17回
金永會の万葉集イヤギ 第18回
金永會の万葉集イヤギ 第19回
ブログ記事
マイナンバーそのものの廃止を
精神論〔1758年〕 第三部 第28章 北方諸民族の征服について
精神論〔1758年〕 第三部 第27章 上に確立された諸原理と諸事実との関係について
フッサール「デカルト的省察」(1931)
リベラルかネオリベか
自由統一
金正恩氏の権威強化進む
北韓が新たな韓日分断策
趙成允氏へ「木蓮章」伝授式
コラム 北韓の「スパイ天国」という惨状
北朝鮮人権映画ファーラム 福島市で開催


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません