北朝鮮では一九九〇年代から、慢性的な食糧難が続いている。国連食糧農業機関(FAO)が今年三月に発表した報告書で、北朝鮮は「全般的に食糧に接近するのが難しい国」に分類された。金正恩政権も改善する姿勢を一応は見せているが、経済難、食糧難は、そもそも北朝鮮の政治システム、すなわちウリ式社会主義に帰因するものであり、簡単に解決する問題ではない。こうした朝鮮労働党や北朝鮮政府の経済政策に見切りをつけた庶民たちは独自に市場経済を発達させ、なんとか食いつないでいるというのが北朝鮮の現状だ。
そんな北朝鮮で毎年五月から六月にかけて行われる「戦闘」がある。銃声が鳴るわけでも砲弾が飛び交うわけでもない戦闘、それが「田植え戦闘(モネギチョントゥ)」だ。田植え戦闘とは、北朝鮮国民が農業生産量を高めるために農作業に総動員される毎年恒例の行事だが、文字通り戦闘と呼んでも過言ではないほど緊張した日々の連続だという。北朝鮮庶民にとっては非常に厄介な行事の一つだ。
企業所という国家企業に所属している労働者をはじめ、独自に商売を営んでいる商人たちも田植え戦闘に動員されるため、一部では市場の営業時間を短縮、もしくは完全閉鎖される。市場経済は必然的に停滞し、「農村動員期間は地獄のようだ」と露骨に不満を見せる商人もいる。
田植え戦闘には、青少年女子たちも全国的に動員される。楽器を弾くなど手を傷つけてはならない芸術学校の学生たちは除外されるが、平壌など都会の学生たちにとって、地方の農場での田植え戦闘は相当キツく、「また『田植え戦闘』かよ。本当の戦場よりしんどいんじゃないの?」「毎日、戦闘ばかりで、勉強はいつしろっていうのか」などの不平不満が噴出する。一方で「トンジュ(金主)」と呼ばれる富裕層の子供たちは、ワイロを渡して田植え戦闘を免除してもらうケースもある。
田植え戦闘で農業の生産性を高めることが食糧難を解決する手段だというのが北朝鮮政府の理屈だろう。とはいえ、田植え戦闘はただの人海戦術に過ぎず、北朝鮮の農業が近代化されない限り、効率よく生産性を高めることは難しい。なによりも、農民が集団で農場を運営し、収穫物をすべて国に収める「集団農場制」(北朝鮮では協同農場という)が農業政策の基本ゆえに生産性が高まらない。
金正恩総書記は、北朝鮮が長年続けてきた協同農場制のデメリットをある程度理解しているようで、近年ではインセンティブ制度も導入しているが、まだまだ一部の地域に限定されている。
故金日成主席は一九六二年に、「一九六四年には、皆が瓦屋根の家で白米と肉のスープを食べて、絹の服を着る豊かな生活を享受することになるでしょう」と述べた。金正恩氏も最高指導者に就任直後に同様の言葉を述べたが、いまだ「見果てぬ夢」である。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |