2003年に中国電影資料館から発掘された『迷夢』(1936)は、韓国で現存する最古のトーキー映画で、近代文化財に指定されるほど貴重な価値を持つ。家父長的社会の中で自由な生き方を求めようとする女性主人公の悲劇的な一生を描いたもので、近代化された朝鮮の生活像や社会像を理解するための重要な資料である。新しい女性として表現されたヒロインを通して、ジェンダー研究や、彼女が享有する近代空間を基にしたモダニティー研究が盛んになった。また映画史的な側面からみると、従来の男優中心映画、新派劇や古典小説に取材した映画から離れ、女優のキャラクターの幅を広げる契機になったと評価できる。それだけではない。この映画の最後には朝鮮女優の演技史において一線を画した場面が登場する。涙を流したまま、無表情で正面を凝視する文藝峰のクローズアップが、いかに先端的な意味を持つものか、これまで指摘した者はいない。
| 映画『迷夢―死の子守歌』(1936)での文藝峰 出典『発掘された過去』DVD、韓国映像資料院(2008) | 朝鮮映画で女優が泣くシーンは多い。朝鮮特有の不幸な女性を中心に据えた泣かせるドラマは、戦時下でも量産され続けた。無声映画では、女優は表情で泣く。そして手を顔に当て、涙を拭きながら泣いていることを説明してくれる。感情が高まると体で泣く。相手を強く抱きしめたり、さらには後に倒したりもする。トーキーになっても、大仰な所作は続く。こうした演技は、映画演技の土台となった新派劇の舞台から受け継がれたものなのである。また、トーキー映画女優の演技には特異なところがあった。カメラの前で演じる際、下を向いて顔を上げないのである。クローズアップが可能な映画という媒体で、眼の芝居はとても重要だが、このような仕草のためスクリーン上で女優の感情は読み取りにくいものになる。女優たちの発言から察するに、男優には見られないこの仕草は、封建社会の中で感じた一種の社会的圧力によるものであった。
女優たちは演じるということに対し、恥ずかしい、顔が真っ赤になる、体が固まる、ネズミの穴があれば入りたい、と公の場で打ち明けていた。しかし、草創期のトーキー作品『迷夢』における文藝峰の演技をみると、太く濁る音声の発声面に欠陥はあるが、ほかの女優たちと違って、映画の特性を理解したカメラの前の演技を披露していることが分かる。
また、無声映画における誇張された演技が一般的だった頃、文藝峰の場合はトーキーに相応しい抑制された演技が際立っている。このようなことが相まって、最後のクローズアップが誕生したのである。劇の中、自分のため、娘が事故に逢い、自殺しようとする場面で、彼女は湧き出す感情を抑えながら出てくる涙だけを流し、凄絶な眼つきで観客(カメラの側)を見つめている。それは、声を通してメッセージの伝達が可能となったトーキー映画において、眼で語りかけてくるものであり、まさに女優の内面から生まれた演技と言えるのである。我々は1936年の時点で、その決定的な瞬間を迎えたのであった。
李瑛恩(芸名イ・アイ) 韓国の女優。日本大学芸術学部で、学士、修士、博士の学位を取得。主演作として『大韓民国1%』『ダイナマイト・ファミリー』などがある。 |