日本政府は9月末、中国当局によって日本人2人が拘束されていることを公表した。そのうち一人は脱北して日本国籍を取得した男性だった。男性は中朝国境の西端に位置する丹東で拘束されたという。日本政府の発表によると、拘束されたのは5月。中国政府は「スパイ容疑」であることを明らかにしているが、具体的にどのような活動が法に触れたかには触れていない。男性を知る人々によると、男性は日本国内で働いていて、頻繁に中朝国境を訪ねていたという。(溝口恭平)
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丹東を流れる鴨緑江は川幅が広く、橋を通ってしか渡れない |
中国で拘束されたのはいずれも50代の男性だ。出身地は神奈川県と愛知県で、業種も拘束された場所も異なる。
中国東北部、北韓と国境を接する丹東で拘束されたのが脱北者のMさんだ。複数の情報によると、Mさんは在日朝鮮人の父と日本人の母との間に生まれた。まだ幼かった1960年代、「北送事業」で北に渡り、90年代後半に脱北。2001年に日本に戻り、日本国籍を取得した。妻子と母を連れての脱北だった。
Mさんは神奈川県内でパチンコ関係の仕事をしていた。「勤務態度はまじめだったと聞いている」と周囲は話す。そのMさんが、頻繁に中朝国境を往来していた。ある新聞の報道によると1カ月に1回程度。経済的な負担は小さくなかっただろう。
Mさんを知る支援者は、Mさんが、北に住むきょうだいを脱北させようとしていたかもしれないと見ている。支援者によると、Mさんは韓国のNGOともやり取りがあったという。NGOは脱北を仲介しており、Mさんもその手助けをしていたのではないかと疑っている。
しかしその説には疑問が残る。Mさんと親しかった脱北者女性は、「丹東は鴨緑江の河口にあり、川幅が広いため一般的な脱北者と接触するのは難しい地域だ」と話す。脱北者支援のNGO関係者も少ないと聞いている。もし身内を脱北させるなら、もっと都合のいい場所があるはずだ。
Mさんは国境地帯で得た情報を、日本のテレビ番組などにたびたび提供してきた。今回も情報収集が目的だったという声が聞かれる。Mさんの知人女性も、丹東で拘束されたという点に注目する。「丹東は、貿易や北内部の情報収集に適している」という。
Mさんの周囲には、Mさんが対中貿易をやっていたと話す人がいる。しかし、本業とするには資金やルート開拓の問題で難しいだろうというのが、ほかの脱北者の見方だ。
韓国情報筋は、中国側が具体的なスパイ容疑が何なのか明らかにしていない点を指摘する。
「中国は対日カードとして(Mさんを)利用するかもしれない。だが、取り調べもほとんど終わっているはずなのに詳細を明らかにしていない」
中国側が逮捕容疑を明確にしないのは、改善の気配が見える日中関係に配慮しているためといわれる。
一方、愛知県出身の男性は、上海の南、浙江省の沖合にある南麂列島で拘束された。そこは尖閣諸島や台湾に近く、中国軍が急速に機能強化を進める軍事施設がある。
男性は元公安の職員で、日本の調査・人材派遣会社に勤務し、浙江省との往来もしていた。軍事施設の写真を押収されたともいわれる。人口3000人に満たない島で何をしていたのか、仕事で訪れたと考えるには疑問が残る。
脱北者によると、中朝国境地帯は訪れることさえためらわれる場所だという。先のMさんの知人女性は「北に住む家族の安否確認なら日本国内にいてもできる。中朝国境地帯は北朝鮮の保衛部もいて危険な場所。わざわざ行く意味はない」と強調する。それでもMさんは頻繁に訪れた。どのような事情があったにせよ、脱北者の胸の奥をのぞき見ることはできない。
一方、この2人とは別に、北海道に住む60代の日本人男性1人が6月下旬頃から北京で拘束されているという。ただし男性は逮捕には至っていない。 |