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2014年04月02日 03:53
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寄稿「東北アジア共同体と民族統一」(中)―韓国現代史研究家 金一男
社会主義目指したはずの国は 軍事的封建王朝にまで転落

<4北朝鮮憲法の変遷>
 ここで、66年におよぶ平壤政権の政治的悲劇の経過について、その「憲法」を中心にさかのぼって概観してみる。
 北朝鮮の憲法は、1948年の憲法から6回の改正を経て、現在の2012年の改正憲法に至っている。2012年の改正憲法は、その序文で次のようにうたっている。
 「(中略)金正日同志は…私たちの祖国を不敗の政治思想国、核保有国、無敵の軍事強国として転変させ、強盛国家建設のきらびやかな大通路を開けていった。…偉大な首領金日成同志および偉大な指導者金正日同志は民族の太陽であり、祖国統一の救いの星である。…朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法は、偉大な首領金日成同志および偉大な指導者金正日同志の主体的な国家建設思想と国家建設を法化した金日成・金正日憲法である」
 この奇形な文章の特徴は、極限に達した個人崇拝と核兵器保有の明記とにある。
 48年憲法からここにいたるまでの改正の特徴をたどってみる。
 48年憲法では、土地改革と重要産業の国有化とともに、立法機関とし最高人民会議、行政機関として内閣、司法機関として最高裁の設置を明記している。
 「土地改革」はすでに48年の建国以前から「無償没収・無償分配」を原則として進められていて、いったんはすべての農家が自分の土地を所有する「自作農」となり、当時、平壤政権の「民主的」性格を示すものとして宣伝された。また、農民の生産意欲が刺激されて農業生産は飛躍的に向上した。
 だが、58年までには全農家の土地が「共同化」されて、農民の土地は再び取り上げられた。その結果、国有化政策によってすでに市場的要素を失っていた北朝鮮の経済体系の中で、数戸を集団的協同生産単位とする農業生産力も徐々に後退した。以後、けん責を恐れた下級幹部による上部への生産量の水増し報告が蔓延するなかで、北朝鮮は慢性的な食糧不足にあえぐことになる。
 「司法・立法・行政」の三権分立形式は、もちろん朝鮮労働党の指導を前提とした建前にすぎないものであった。それでも、当時は、金日成派以外にソ連派・延安派・甲山派・南労党系など、戦前からの活動実績を持つ多数のグループが存在し、その均衡によってそれなりの分権機能を果たしていた。
 だが、ソ連のスターリンから朝鮮に送り込まれた金日成グループは、朝鮮においてもスターリン式の暴力的な権威主義的権力形成の手段を用いた。すなわちスターリンの権威を盾にした対抗勢力への無慈悲な謀略的攻撃によって、次々と粛清を行い、個人崇拝による独裁支配体制を固めた。
 この結果、多くの有能な幹部が失われ、1967年には、「唯一思想体系」が朝鮮労働党規約に明記されるに至る。このような流れを反映したものが、1972年の憲法であった。72年憲法には、第4条に、マルクス・レーニン主義を創造的に発展させたとする「主体思想」が、「プロレタリア独裁国家」とともに明記される(「プロレタリア独裁」については、別に後述する)。
<5国家の私物化と社会の変質>
 ところが、その20年後の1992年の改正憲法では、国防委員会が「国家主権の最高軍事機関」とされ、すべての国家機関の上位に置かれるとともに、マルクス・レーニン主義に関する記述がすべて削除された。以後、北朝鮮全域でマルクスやレーニンの著作は完全に消える。
 この削除には2つの意味がある。
 一つは、当時すでに東欧社会主義圏が崩壊した段階であり、いわゆるマルクス・レーニン主義の思想的カリスマが失われたからである。だが、これは形式的な要因であって、北朝鮮の政治体系そのものが、その出発点であったマルクス・レーニン主義からの批判にも耐ええないほどに変質していたことが、本当の理由と考えられる。
 金日成著作集以外の本を読む者は、それだけで謀反の傾向ありとされるような社会的雰囲気が造成されていた。たしかに、マルクスの思想には個人崇拝の概念はなく、ましてや権力世襲の概念はない。個人崇拝や権力世襲は、マルクスから言わせれば悪質な「反動」である。きちんとマルクスを読んだことのある者であるならば、北朝鮮を社会主義だなどとは到底考えない。
 個人崇拝は古代王朝の昔から用いられてきた究極的な権威主義支配の形式であり、その北朝鮮における最終形式がすべての「国家機関」はおろか、党組織の上に立つ「国防委員会」と権力の世襲であった。これは、一つの国家の運営体系の完全な解体であり、国家の完全な私物化であった。
 92年憲法では「プロレタリアート独裁」の文句は消えたが、このスローガンが結果としてもたらした「一人独裁」体制と国家の私物化はさらに強化された。社会主義を目指していた国が、スターリン主義を通過点として、全体主義を通り越し、3代世襲の軍事的封建王朝にまで転落したのである。
(つづく)
 訂正 前号の第3章に「国産研究機関」とあるのは「国策研究機関」の誤りです。

2014-04-02 3面
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