ログイン 新規登録
最終更新日: 2017-07-25 07:56:04
Untitled Document
ホーム > アーカイブ > 小説
2010年02月25日 10:45
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
序曲(61) 金鶴泳

 洋子はまた階下に降りて行った。こんどは、汗に濡れた顔を洗うためだった。
「タオルを貸してね」
 と、窓先のビニール紐に下げてあるタオルをとり、顔を拭いて、書棚の脇の柱に掛かっている小さな鏡に向かい、立ったまま化粧を整えばじめた。
「このあいだ、深沢さんが上京してきたわ」
 鏡に向かったまま洋子はいった。
「敦賀の、貿易会社に勤めている人と婚約したんですって」
 深沢正恵は、この春に短大を卒業し、敦賀に帰っていた。祥一は、気比神宮の前で会ったときの深沢正恵をちょっと思い出した。あれから二年になるが、それ以後いちども会っていない。
「あの人、一人娘でしょう。だから、婿養子として迎えることになったんですって」
 深沢正恵の家は、気比神宮の裏手で材木屋をしていた。
「ずいぶん早いんだね」
「同級生の中では、いちばん早いくらいかしら」
 自分と洋子だって、本当をいえば、もう婚約していい間柄なんだ、と祥一はふと思う。洋子もそう思っているかも知れない。そんな気がして、
「お腹(なか)が空(す)いたろう。どこかへ食事に行かないか」
 と彼は話題をそらした。
「お腹が空いた?」
「ちょっとね」
「じゃあおつき合いするわ。祥一さんがいつも行っている食堂も見てみたいわ」


 洋子はいった。しかし、彼は、洋子を河野屋に連れて行く気はなかった。河野屋は野暮ったい店で、そこを利用するのは、ほとんど独身の男ばかりだ。洋子のような女性には向かない。彼は、キッチンリバーに案内することを考えていた。
「狭いところだけど、肉の質のいい店なんだ」
 祥一はいつかの伊吹の口真似をした。すると、化粧を終えた洋子は、
「お肉が食べたいんだったら、わたしのところにいらっしゃいよ。いい肉が用意してあるの。ビールとウイスキーもあるわ。ここからだったら、保谷までそれほど遠くないでしょう?」
「吉祥寺からバスで三十分ぐらいかな」
 荻窪からもバスが出ているが、こちらは二、三時間に一本しか出ていない。
 祥一はまた隣家の煙突に目をやった。食事のあとのいつもの行為が頭に浮がんだ。
「行ってもいいのかい」
「何いっているのよ。三週間ぶりじゃないの」
「いや、四週間近くになるな」
「そんなになる?ひさしぶりね」
 洋子の部屋で食事するのがひさしぶりということなのか、自分に抱かれるのがひさしぶりということなのか-両方の意味を彼は感じた。
「じゃあ、ひさしぶりに君の料理をご馳走になろうか。充分な蛋白質、生野菜をたっぷりね」
 祥一は笑いに紛らせた。
「明日は日曜日よ。ゆっくりとお酒も飲めるわ。金沢の代理店の人に、ウイスキーをお土産にいただいたの」
 洋子の部屋で飲むときは、いつもビールだった。酒の飲めない洋子がウイスキーを土産に貰ったのは、彼のためにと思ったからであろう。
 彼は、ふたたび窓の外を見やった。隣家の風呂の煙突から、微かに煙が立ちのぼりはじめていた。

1984年9月14日4面

1984-09-13 4面
뉴스스크랩하기
小説セクション一覧へ
文在寅政権の全体主義独裁を警告する
韓国企業、日本人学生に人気 ~在日の...
東京でも「金正恩を許すな」
「革命政権」に冷淡な同盟 
大統領の国憲びん乱 
ブログ記事
涙の七夕・・・父の四九日、永久のお別れ
新・浦安残日録(6)
You Raise me Up
6.25戦争勃発67周年に際して
新・浦安残日録(5)続・晩節の“選択”
自由統一
米本土届くICBM 米国社会に無力感も
制裁以外の有効打は 李相哲教授が講演
北無人機、THAADを撮影
こん睡状態で帰国
「6.15記念行事」共同開催不発


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社概要 会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません