趙栄煥(オールイン・コリア編集人)
政治文化(political culture)を研究する学者たちにとって独裁政権とは独裁的政治文化の結果であるだけだ。第2次世界大戦後の新生国家らはなぜ民主主義が作動せず成熟しないのかを調べた政治文化の研究者たちは政治文化と政治意識の重要性を強調した。民主的政治文化から民主的政治指導者が登場し、臣民的(subject)政治文化からは権威主義的統治者が現れることになっていると政治文化の研究学者たちは主張した。政治の構成員たちが政治システムの参与的機能(in-put)に忠実した時、政治指導者は一方的な独裁ができなくなるという点を彼らは強調する。独裁者の登場と繁盛は、一つの社会の権威主義的政治文化と政治構成員らの権威主義的政治意識によってのみ可能だ。政治指導者と政治構成員は相互依存的関係にある。
独裁と抑圧が日常事として固着した権威主義的政治風土と、不義に沈黙し屈従する群衆が独裁者を許す最も重要な変数だ。実際に屈従的群衆(crowd)が独裁政権を維持させ、参与的市民たちが民主主義を維持させ、腐敗した国民が腐敗した政権と腐敗国家を維持させ、正義の国民が自由と人権を尊重する民主政権を維持させる。不義に沈黙して真実を無視する卑屈かつ欺瞞的な群衆は独裁政権や全体主義体制を構築し支えるつっかい棒だ。例えば、狂信的ドイツの群衆がナチス全体主義体制のつっかいだったし、北韓の従属的住民たちが金正日世襲独裁政権を維持する元肥だ。全体主義政権や独裁政権が繁盛する所では、独裁者や政治扇動家だけでなく群衆も同時に批判されねばならない。
今日、産業化と民主化を共に達成した韓国社会では、民主的政治構成員らが主流を形成しつつある。だが、民主化 と産業化が生んだ奇怪な弊害が韓国社会に共存している。産業化と民主化の政治的な陰は今日も決して薄くない。産業化の必須的な構造悪というべき「権威主義の弊害」が残っている反面、民主化の後続の病理症状と言える「過剰民主主義の弊害」が同時に蔓延している。去る2年間、「民主化勢力」の「過剰民主主義」は群衆暴乱の形で現れた。教育界、政官界、放送界、法曹界などに浸透した「民主化活動家」たちは、自分たちの放恣な主張を他人に強要する民主の名の無法勢力として現れた。これと併行して「産業化勢力」を売り物にする一部保守陣営では朴正煕式の権威主義が再現している。目覚めた韓国人たちを冒涜しながら...
韓国が達成した産業化と民主化にはその主導勢力の貢献も多大だが、彼らは今暗い影を韓国社会に濃く落としている。「民主化」と「産業化」を売り物にして韓国政界で横暴を働かせる政治屋らが横行している。金大中-盧武鉉-朴槿恵は、韓国社会の民主化と産業化が残した否定的病理症状を演出する政治屋と言える。金大中追従勢力の群衆扇動行為は「民主化」に事寄せた安保と治安破壊の結果を見せている。盧武鉉追従勢力の馬鹿騒ぎ劇も「民主化」の名を借りた過剰民主主義の弊害をよく証明する。そして「産業化」勢力を代弁するという朴槿恵追従勢力は権威主義的政治文化の最後の残滓を見せている。自分の党の議員総会まで拒否する朴槿恵の非常識かつ変則的な意地悪に従う「親朴」議員たちは、独裁政権当時の屈従的政治行態を連想させる。
李明博政府と与党に対敵してここ2年間余りに見せた朴槿恵議員の言い掛りや意地悪は、彼女を盲目的に追従する「親朴」議員たちの古い政治意識のため可能だった権威主義の弊害だ。李貞鉉や劉正福のように露骨に朴槿恵を与党分裂の主役へと駆立てる議員たちはさて置き、大邱・慶北出身の上品な政治家たちも朴槿恵の非常識な意地悪に沈黙している現象は、権威主義的統治文化に飼い慣らされた「産業化勢力」の限界を再演しているようだ。朴正煕末期に、独裁に一言も言えず屈従した大邱・慶北地域の醜い権威主義的政治風土が朴槿恵によって今も再演されている気がする。「『座長は無い』という朴槿恵の『剣幕』に親朴系が一糸不乱」という記事は、独裁時代の行態と同じだ。朴槿恵の自滅的な政治的意地悪に屈従する大邱・慶北地域の親朴政治家たちは、古い権威主義的政治意識から抜け出せずにいるようだ。
朴槿恵とその追従勢力の限界は、独善的な権力者を批判する勇気と正義のない臣民的政治文化を韓国社会に持続させているという事実だ。しかも、臣民的政治文化に加えて地峡的(parochial)政治文化を「親朴」議員たちは再演している。朴槿恵の無理押しと言い掛りに無批判的に屈従する「親朴」議員から、過去朴正煕時代の独裁政治が思い出される。与党内に一つの分派(sect)を作って、他の分派に絶対的な対決意識を見せる朴槿恵と親朴議員らは、宗派主義(sectarianism)に深く陥って韓国の自由民主主義を破壊する非理性的な分裂と葛藤を作っている。去る2年余り、朴槿恵は権威主義、分派主義、独善意識など、民主主義の実行と発展に有害な政治意識を見せている。自党には宗派的分裂を作り、左翼勢力には偽りの普遍主義をもって限りなく寛大な朴槿恵は民主主義に有害な存在だ。
産業化と民主化を成就した韓国国民は、すでに産業化の長短所を全部消化し大韓民国の先進化へ邁進する準備ができているのに、金大中-盧武鉉-朴槿恵を追従する守旧勢力は、未だ権威主義と群衆革命に執着しながら大韓民国を(植民地から)「解放」直後の状況にしようとする。李明博政府と「親李」議員たちは理念を放棄した限界はあるが、少なくとも金大中-盧武鉉-朴槿恵追従勢力のように守旧的ではないように見える。朴槿恵の明白なハンナラ党分裂試図に無批判的についていく「親朴」議員たちに、朴正煕に屈従したお世辞屋らの姿を国民は思い出している。韓国の政治文化を後進させた張本人が民主化と産業化を売り物にした金大中-盧武鉉-朴槿恵ではないか思う。民主化と産業化を売り物にした勢力らが敵対的依存関係を作り、韓国政界に弊悪を齎している。
もはや、韓国の政治文化は、政策決定に対する正常的参与と正常的検証の可能な「民主的政治文化(civic culture)」へと先進化されねばならない。そのためには「産業化」と「民主化」を売って韓国社会を過去へ戻そうとする政治屋らを剔抉しなければならない。「産業化」と「民主化」を売って政治権力を享受してきた朴槿恵-金大中-盧武鉉を追従する守旧勢力を剔抉しなければならない。
今成熟した民主市民たちが大韓民国の民主主義を先進化させるため、市民の力で守旧馬鹿らは淘汰させねばならない。社会の主流になった健全な民主意識を持つ国民が、非常識で非民主的な馬鹿騒ぎをやる教師、記者、公務員、判事、政治屋らを韓国社会から間引かねばならない。「底辺の健康な民衆と病気の指導層の構造」は韓民族が体験してきた慢性的亡国現象だったが、今覚醒された民主市民たちが、そういう亡国のパラダイムをぶち壊さなければならない。
|