米朝接近?
ビル・クリントン米元大統領が8月4日から北朝鮮を訪問し、金正日総書記と会談をした。米国は、訪朝目的は拘束された二人の米国人記者の帰国実現であり、私人としての行動であると説明している。北朝鮮は「米朝間の懸案問題を真摯な雰囲気の中で虚心坦懐に深く論議し、対話の方法で問題を解決することで見解の一致を見た」と説明している。
北朝鮮の歓迎ぶりが目立った。北朝鮮はクリントン元大統領の訪朝にこだわり、金正日総書記との会談には姜錫柱・外務省第一次官と金養建・朝鮮労働党部長が同席した。元大統領一行は、金永南・最高人民会議常任委員長を訪問し、百花園迎賓館で晩さん会に参加した。
北朝鮮ペースであったが、米国も記者の帰国を実現し、金総書記の健康についての十分なヒントを得ただろう。
北朝鮮が4月5日にテポドン2を発射し、5月25日に核実験、7月4日に弾道ミサイルを発射した直後の時期である。北朝鮮が元大統領の来訪にこだわったのは、実験を繰り返したあと大物が訪朝すれば、「核保有国」の認定を受けたという印象を与え、米国と協議を再開できる計算があったからだ。
核開発の論理
一方で、北朝鮮は強盛大国をスローガンに、核開発を続けている。
4月のミサイル発射後、25日の朝鮮人民軍創建77周年記念日に際して、労働新聞は、「人工衛星の発射成功で、われわれの軍隊は敵のどんな挑戦に対しても、絶対に屈しない断固とした意志を示した」と報道した。5月の核実験の日、北朝鮮は「新たな高い段階で安全に実施した」と発表した。「人工衛星」は軍事目的であり、より大規模な核実験をしたことを認めた。国際社会の非難、外交的ダメージを覚悟で核とミサイル実験を続けるという姿勢がうかがえる。
北朝鮮が核開発を放棄しないのは、米国の核戦力への不安とか、体制維持への不安からだけという説明では十分ではないことが判明しつつある。米東部まで届く大陸間弾道弾を持ち、弾頭の小型化に成功するまでは、実験を続けるだろう。
北朝鮮には、核兵器が条件次第で「対米核抑止力」となり、朝鮮半島の現状を変えるための軍事的手段になりうるという構想がある。すなわち、(1)韓国社会が変化し、北朝鮮に対抗する意識が希薄になり、韓国防衛の装備が北朝鮮の軍事脅威に対抗するためのものではなくなる(2)在韓米軍が撤退し、米韓連合司令部が解体し、朝鮮半島有事に際して米軍が自動的に巻き込まれるという条件がなくなる(3)米国本土を攻撃できる大陸間弾道弾と核弾頭が完成する、という条件である。
この条件がそろえば、核使用をほのめかして米国と戦わずに、恐怖の下にある韓国を「平和裏に」統一できるというのが金正日の戦略である。北朝鮮の高官から最近漏れ始めた、「統一するときまで核は手放さない」という言葉は本音なのである。
北朝鮮の大量破壊兵器開発はまだ多くの問題を抱えている。大陸間弾道弾は固体燃料を使用する必要があろう。弾頭の小型化、誘導装置技術、ロケット切り離しの技術、合金技術などの難関も未解決であろう。北朝鮮の公式報道にでてくる、「核抑止力を持つに至った」などといった言葉は、核攻撃を示唆するものであるが、能力の実際は不明である。
中国とロシアの役割
中国とロシアは、北朝鮮の核開発をどう見ているのか。中露は、朝鮮半島での戦争と金正日体制の突然の崩壊を回避したため、国連での厳しい制裁には反対の姿勢を貫いてきた。ロシアはシベリアの資源と北朝鮮の地政的条件を結んで、この地域の開発を進めるには、現状維持と緊張緩和が不可欠と考えている。
中朝関係は悪化していない。北朝鮮と中国の貿易は急増しており、08年は前年度比41%余り増加した。なかでも吉林省と北朝鮮の貿易増大が目立つ。北朝鮮のニッケル、鉄鉱石、無煙炭などの鉱物資源は、中国にとって不可欠のものである。北朝鮮の新たなミサイル基地は中朝国境にあり、中国に守ってもらえる位置である。中朝はいまや、相互依存関係である。
ミャンマー、イラン、パキスタンなど、北朝鮮との軍事協力関係が進んでいる国家と中国が、極めてよい関係を維持してきたのも注目すべきだろう。
ミャンマーは北朝鮮との大量破壊兵器開発協力の疑いが出ているが、中国に軍事施設建設を認めている。中国は、日本がイランでの石油開発を縮小したあと、その権利を確保した。イランは4年前、突如、固体燃料ロケットの開発に成功したと発表した。その技術は北朝鮮がもっとも必要としている技術である。
北朝鮮が4月に発射したミサイルの1段目は、中国の長征4号に酷似していたと指摘する専門家もいる。事実関係は不明であるが、中国が世界で資源獲得競争を展開し、軍事協力関係を拡大してゆくなかで、北朝鮮は中国の相手国と良好な関係を構築してきたのは事実だ。中国が中朝関係を見なおす気配がないことの背景を考えるヒントにはなる。
「軍事」をしている金正日
北朝鮮は核保有国入りをすることで米国のオバマ政権と対等に平和条約を締結したいと考えているのだろう。核保有により米朝関係正常化、在韓米軍撤退実現、米国の朝鮮半島不介入の枠組みを作るという北朝鮮の政策は、一見、矛盾に満ちたものである。
しかし、「大量破壊兵器を保有したら、米国の介入なしで、北朝鮮主導の通常兵器による統一が可能だ」という金正日の戦略から説明すれば、矛盾したものではない。
北朝鮮による南北和解の呼びかけも矛盾するものではない。南北間の緊張緩和は北朝鮮にとり不可欠のものだ。韓国の通常戦力が北朝鮮との戦いで優位にある限り、金正日の「統一のための核戦略」は最後の段階で挫折してしまうからだ。北朝鮮は「外交」をしているのではなく、「軍事」をしているのである。
(たけさだ・ひでし = 1949年2月、神戸市生まれ。慶應大学法学部から慶応義塾大学大学院博士課程を修了。韓国延世大学等に留学。75年から防衛研究所入り。07年4月から統括研究官。朝鮮半島の軍事、国際関係が専門。著書に『恐るべき戦略家・金正日』(01年)、『北朝鮮深層分析』(98年)、共著に『日本の外交政策決定要因』(99年)ほか。) |