李度珩(韓国論壇発行人)
新聞や放送などの北朝鮮関連記事、解説や論評が盛んだ。昨夏の金正日の臥病説が出始めた以来、彼が重病にかかって再起不能、あるいは死んだ場合の後継構図から、北側が公表する写真が出る度、そして最近は北の軍当局が休戦ラインのすべての陸路を遮断するとか、開城工団を閉鎖するという恐喝・脅迫・威嚇に至るまで、その時ごと、韓国の報道機関らやいわゆる北韓専門家たちは、時に遇ったように勝手にはしゃぐ。
2000年8月、韓国の新聞と放送社の社長団(東亜・朝鮮日報は除外)が平壌に行って金正日に会った時のことが思い出される。この席で金正日は、「南朝鮮の『北韓専門家たち』は我々をあまりにも知らない。頭が空っぽだ、空っぽ」と言ったと伝えられた。
この頃、「南朝鮮」の新聞や放送らが、北韓に関して勝手に騒ぐのを見ていると、金正日の南朝鮮言論(専門家を含む)に対する論評が正鵠を突いたようだ。こういう時、金正日も彼の大師匠格のレーニンの言葉のように「役に立つバカ」のことを感じているだろう。
大韓民国大統領の当然の発言にけちをつけるのは「連邦制統一」をしようということ
韓国の北韓関連報道・論評や専門家たちの診断に、共通に見られる根本的誤りがある。それは北韓という集団を、北韓でない国々の物差しで測っているということだ。北韓の実体をいうためには北韓の物差しを使わなければならない。それこそ「内在的接近」、すなわち北韓当局の立場で北韓を分析すべきだということだ。
それは左か右かの立場でない。真実か虚構かを質す問題だ。北韓の実体を韓国の立場から見ると、真実は見えず、虚構だけが浮かんでくるのだ。このことは、下手をすると北韓の立場を擁護する話に聞こえられる。だが、最近平壌に行ってきた民主労働党(代表姜基甲)や民主党が話すように、「李明博政府が北韓を刺激し過ぎるため、梗塞した南北関係が改善しない」という視角とは正反対の立場だ。
李明博大統領は、昨年11月の外遊先で、「自由民主的な基本秩序に立って、平和的に統一するというのが最終目標だ」という要旨の発言をした。これは大韓民国の憲法第4条に忠実な大韓民国の大統領らしい発言だった。すると、平壌のいわゆる「祖国平和統一委員会」という偽装民間団体がかっとして、李大統領の言葉を「戦争宣布と同様だ」と食い下がった。
このような放恣な者らがまたあるものか? 奴らは言うべきことと言うべからずことを区別せず、相手方をけなし、転覆を狙う発言をむやみにやりながら、韓半島の唯一の合法政府の大統領が、就任の時宣誓した通り、国憲を遵守してこれに基づく当然の発言をしたとそう大騒ぎするなら、それでは大韓民国大統領が「朝鮮民主主義人民共和国」を僭称する武力集団やその首魁にうつ伏せし、降伏せよとの話なのか?
北が傲慢放恣になったのは、南がいつも「平和」をもの乞いしたためだ
彼らがなぜそこまで傲慢放恣なのか? それは我々が、彼らにいつも弱い様子だけを見せ、時には卑屈なほど「平和」をもの乞いしてきたためだ。われわれが彼らを刺激して頑強になったのではなく、われわれがあまりにも軟弱に見えて、彼らが我々を軽く見て甘く思うからだ。金大中の「太陽政策」というものがその代表的な例であり、盧武鉉の対北朝貢の態度が彼らを限りなく生意気で傲慢にさせたのだ。
彼らが最も恐れたのは、李承晩であり、朴正煕や全斗煥だった。この三人は、徹底した反共で、勝共主義者だったからだ。それで、ひどくやられた彼らは言うまでもなく、韓国で跋扈している子分たち(韓総連、全教組、民労総、民主労働党、そして一部のえせ知識人ら)は、この三人に「独裁」という頸木をかぶせ、大韓民国を建国、経済再建、産業復興させた主役らを踏みにじっている。
共産党に勝つと平和統一、負ければ共産化統一になる
三人を独裁者だと言うのは、共産党の心理戦であり、彼らは心理戦で勝利しているわけだ。我々は、彼らに勝ってこそ「平和的統一」が実現できる。負けると「共産化統一」になる。したがって、我々は、彼らを相手に戦わねばならない。戦って勝たなければならないのだ。戦いというのは必ずしも戦争のみを意味するのではない。それは政治-経済-文化-社会-心理戦を包括的に意味する。我々は今まで、正確に言って、1988年の盧泰愚政府の登場以来、経済だけを除いて、政治・社会・文化・心理戦で全部負っている。
その理由は簡単だ。盧泰愚以後の韓国の政治指導者たちが、北韓の実体や金日成・金正日の真の姿に対してあまりにも無智だったからだ。あまりにも無知だったため、陽光を照らせば熱くなってコートを脱ぐはずという、それこそ賢明でない愚話(実は寓話)を実践しようとして繰り返し失敗を招いたのだ。
北韓の実体は、言うまでもなく「軍事力をもって政治的妥協を強要する集団」だ。彼らは、「核戦争と正規戦争に対する万全の準備をしておれば、残りは心理戦や外交戦だけで戦わず勝てる」と主張する(金明哲、「金正日、朝鮮統一の日」の77ページ)。金正日は、また「強力な軍隊の存在は、国の防衛上不可欠で、敵に政治的打撃を強いる非常に有効な手段だと考えている」ということだ。(前の本)
金正日のこのような論理はいったいどこから出てくるのか。金正日と何回も会って意見交換をしたロシア言論人のウラジミル・パットロープとアンドレイ・スタソプは、最近「金正日で悩まされるロシア」という著書の中でこのように話している。
「社会の全階層に対する教化が再び強化され、工場や勤労集団などの政治学習が完全な規模で復活した。毎週の土曜日、全ての官僚は、金正日の最近の指令や党の各級機関の指令を4時間学習する。....(学習では)北朝鮮が直面するあらゆる災厄の主犯は全部国外からくる。....『われわれ式の社会主義』の窒息死を意図する帝国主義者などであり....彼らに勝利するためには国防力の強化に相当の金を投じなければならない。」
金正日が見て覚えたことは、一言で「抗日パルチザン式で生活し、働く」という金日成が残した遺言だ。しかし、パルチザンの親分は、人民が飢えて死んでも、一人で好衣好食して倒れた。その周りや側近らは、金正日の有故(退場)に備えなければならない状況に遭った。備える間、彼らは敵を脅さねばならない。その主敵は、米国と韓国だ。ただ、アメリカはブッシュとは異なるスタイルのオバマが登場する時を待って、その時になって色々なカード中から一つを出せば良い。
しかし、目前の敵である韓国に油断してはならない。「南朝鮮の奴ら」は軟弱だから、恐喝・脅迫すればよく効く。米国との妥協が成立するまで、彼ら(南朝鮮の奴ら)の身動きが取れないように縛っておく必要があると判断した北側当局者らは、開城観光を中断させ、休戦ラインの陸路を遮断すると脅かしている。
実は、そうにして損害がもっと多いのは彼ら側だ。しかし、彼らはより大きな目的(米国を相手にした休戦体制の平和協定への転換→国交正常化など)のため、小さな利益を捨てられると考えるのだ。彼らの考え通りに物事がいけば、「韓国が存在する理由」はなくなり、自然に崩壊してしまうはずだ─これが彼らのシナリオだ。
「軍事力は、政治的妥結を強要する有効な手段」
韓国の言論や「北韓専門家」らも、大体は北側のシナリオを察しているはずだ。ただ、彼らは金正日までが確信している、クラウジェビツの「軍事力は、政治的妥協を強要する有効な手段」であることを信じたくないようだ。故に彼ら(言論人・学者ら)は、北韓を「宥めるべきだ」とか、韓国政府の「より柔軟な対応」を無責任に注文しているのではないだろうか?
ある有名言論人のコラムは、最近の北韓の一連の対南恐喝・脅迫行為に対して、「李明博政府が、得るものもなしに平壌を刺激したことに対する反応」と論評していた。それでは李明博政府が大多数の国民から指弾された、金大中-盧武鉉政権の前轍を踏み、「むやみに支援して馬鹿にされ、核-ミサイルを許す」式の、それこそ「実益のない」対北政策を続けたのが正しいというのか?
対北風船を飛ばすのは「一部の市民団体」でない、死線を越えた脱北者たち
彼は、また北側のヒステリー反応が、「一部の人権団体らのビラ散布と、国連の人権決議案に韓国が参加したため」のように書いた。対北ビラ散布は、「一部の市民団体」でなく、地獄の北韓で数十年を苦しんでから死線を越えて脱北した人々の凄絶な訴えを風船に吊るして送ったものだ。話にもならないことを言い、世人を惑わして欺く一部の言論人や知識人たちが、大韓民国の存立を無意味にしていると言わざるを得ない。
赤たちの明らかな心理戦によく騙される一部の知識人や言論人は、心理戦の見えない効果がどれほど大きいのか分からない。第2次大戦中のドイツ軍と日本軍が、そして「6.25事変」当時の「朝鮮人民軍」の相当数が、連合軍や国連軍のビラ散布に影響されて投降した事実を、韓国の金魚鉢の中の知識人らは知るべきだ。
金正日の目に映った韓国はどんな国なのかを考えてみなければならない。金正日とその徒党(およそ3百万くらい)は、「南朝鮮は、米軍さえ出ればすっかり弱る軟弱な集団だ。支配層は腐敗し、一般民衆は不平不満に満ちており、したがって、いつでも『5.18光州事態』のような爆発の可能性を抱えている。南朝鮮の経済は発展しているが、我々が行けば全部接収し、さらに発展させられる」と、こう信じていると見ればほぼ間違いない。
したがって、金正日とその徒党の狙いは、米国が主役になっている今の休戦体制を、米国と共に平和体制へと転換させることだ。そうなる可能性は刻一刻近づいている。そうなれば、支持基盤もない李明博政権の存在意味はなくなってしまう─大体このような戦略を持っていると見れば良い。
一方、北韓の実状はどうか? 金正日を中心とした「朝鮮労働党」の結束は、仮に金正日が明日死ぬといっても、私たちの想像を超える丈夫なものと考えねばならない。彼らは、自分たちの生存のため彼らが去る60年間構築した理念や思想、それに基づいた社会主義体制をそう簡単に崩壊させる程ぜい弱でない。
ただし、その体制を維持するために作った敵対階層と浮動階層は、金正日とその一味を嫌悪するかもしれない。だが、北朝鮮の去る60年間構築された体制は、彼らの反動を許さないだろう。それは金正日が死んだ後も同じであろう。
風船で伝える脱北者たちの真実は立派な心理戦
韓国の一部の専門家たちが希望的に予測するように北朝鮮の体制が容易に崩壊することはないだろう。韓国の経済が北朝鮮より豊かで、そういう現実が風に乗って北韓社会に伝播されても、その影響力は微々たるものであろう。
だが、脱北者たちが中心となって飛ばす風船を通じて北朝鮮に伝えられる「真実」は、少なくない影響力を発揮するはずだ。北韓軍当局が、何よりもビラの収去に血眼になっているのもそのためだ。その間北側の対南心理戦は、韓国の言論や知識人社会を意識化させることで大きく貢献した。彼らの計画的で組織的な心理戦の結果だ。それほどの組織と計画性が足りないかも知れないが、風船を利用した脱北者たちの真実の伝達は立派な心理戦だ。
この心理戦は大きく成功している。これを誰がなぜ止めるのか? 止めるのは赤色分子たちだ。そして大韓民国を売ろうとする者はこの赤色分子らだ。この頃、彼らが、対北ビラを送る人々を「売国奴」と言うのは、それだけ彼らが困っているのだ。対北ビラ散布は、続けねばならない。そうして金正日が刺激を受けなければならない。
北韓を刺激してはいけない? それなら、ヒトラーを刺激して戦争を起こすようにした連合国らが悪にならなければならないという論理が成立つ。北韓という集団は、絶えず刺激しなくてはならない。「われわれが万一(北朝鮮の人権弾圧と独裁などに対して)沈黙すると、それは独裁者の金正日とその集団を一層大胆にさせるだけだ」と言った、スーザン・ショルティ女史(ソウル平和賞受賞者)の話は真理だ。
犯罪や悪に対する沈黙は犯罪なのだ。しかも、金正日とその集団は、人類に対する悪行と犯罪を犯し、これは時効のない犯罪だと喝破した、哲人のヤスパースの言葉も真理だ。[李度珩韓国論壇発行人:dhleedo@chollian.net/ http://www.kforum.co.kr/]
|