趙甲済
金大中-金正日の「6.15宣言」は、「連邦制」を事実上受け入れた統一方案を採択したことで大韓民国の憲法に正面から違反した。この「宣言」は、左翼らには「反逆活動の免許証」として使われた。検察は、この「宣言」以後、連邦制(赤化)統一を主張する者を捜査していない。
結局、「6.25事変」の南侵略勢力が、「6.15反逆勢力」を育てた。2000年6月、左翼活動家出身の金大中当時大統領は、平壌会談を買収するため、現代グループを前に出して、金正日に4億5000万ドルの不法資金を送り、弱点を握られた状態で会談に臨み、弱点を押さえた金正日が突きつけた「対南赤化戦略文書」に署名したが、それが「6.15宣言」だ。万悪の根源になった「6.15宣言」を廃棄しなくては、憲法から脱線した「統一政策」を正常軌道に復帰させることはできない。
去る10年間、金大中-盧武鉉政権が左傾理念に立って、一貫して推進した対北・対内政策の目標は、「北朝鮮労働党政権の平和的解体」という国家意志を抹殺することだった。この反逆の軌跡は「6.15宣言」、その弟格の盧武鉉-金正日の「10.4宣言」、いわゆる「民族共助路線」、国家保安法の死文化、韓米同盟の毀損、「北核」を庇護、「制憲節」を格下げ、建国記念日を無視、大韓民国現代史の正当性の否定、共産主義者らを民主化活動家として顕彰、超法的委員会が法院の確定判決を変更、左傾理念集団である「全教組」の合法化、反国家的教育を奨励、「従北団体」の不法活動に国家予算を支援、親北左翼人士らを大統領府や国家機関に大挙採用など等である。
「6.15宣言」よりもっと悲劇的な事件は、90万人もの公務員の中で一人を除いては誰も左派政権のこのような憲法破壊行為に対し正義の抗命をしたことがなかったという点だ。公務員が一人だけを除いて例外なしに左翼らの憲法破壊行為に沈黙、同調、附逆した。一人の例外とは、国会の立法書記官だった柳世煥氏だ。彼は2007年、「大韓民国憲法第3条」(趙甲済ドットコム)という本を書いて、盧武鉉政権の反逆性を法的に分析し、これにより重懲戒を受けた。
国民の税金で暮らし、国家が与えた恩恵を多く享受した韓国の公務員集団が、反憲法的左派政権の反憲法的指示までを遂行したことによって、祖国と憲法を裏切った行為は、後々調査して膺懲すべきことだ。官僚集団は、単に「魂のない集団」でなく、「反逆・附逆集団化」したのだ。
この左派-官僚の結託体制は、李明博政府が発足した以後は「改革への抵抗勢力」になり、その核心グループは国家の合憲的指示まで拒否する。左派政権の違憲的指示までを施行した者らが、右派政権の合法的で合理的指示までサボタージュすることは、絶対に赦せない。最近「教科部(教育科学技術部)」は、左偏向教科書を正せ、という大統領の指示を滑稽にさせる官僚的サボタージュをやった。法によって、左偏向教科書の検定を取り消し、教科書として使えないようにすべきだったのに、左派勢力の反対(抵抗)に屈服し、形式的な修正に終わってしまった。
左派政権10年間、国家理念を摩り替えることで中心役割をなした部署が「教科部」と「統一部」だった。「教科部」は、亡国的教科書を採択し、数々の法を違反した「全教組」を制裁しなかったことによって、左偏向の亡国教育の保護者になった。「統一部」は、「従北」路線の主唱者になって、事実上金正日政権の下手人の役割を充実になした。李明博大統領が、この二つの部署の長に任命した人は、左翼勢力と戦って問題を解決できる闘志を見せたことのない人だ。
李明博大統領は、左派-官僚の結託体制の習性を捨てていない公務員集団に対し、改革の宣戦布告をしなければならない。このような公務員たちなら、北朝鮮軍が南侵してソウルを包囲したら、どちら側に立つか分らない。国家の理念と政策を、憲法の軌道の上に戻すという政府の改革方針に抵抗する公務員に対しは、憲法違反行為と見なして法によって処理すれば良い。最も強大な権限を持った大統領が、法の通りにやるのに、何の勇気や決断が必要なのか?
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