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最終更新日: 2026-02-10 14:33:13
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2026年02月10日 10:53
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古代史万華鏡クラブ 第66回
日本人はどこからやって来たのか

 日本書紀に続く国書『続日本紀』にこんな記述がある。
「地に満ちて居し、他姓の者は十にして一、二」。加耶や新羅の地から倭に渡って来た漢系氏族が住民の8~9割を占めていたというのである。その地とは今の明日香村と高取町あたりの飛鳥である。
5世紀半ばまで奈良盆地の後進地であったが、韓半島から続々やってきた渡来人のために開放され、”今来郡”と名付けられ、後に今の高市郡と改められた。日本人の姓の9割は出身地にちなむから、奈良県出身の日本の首相のルーツはここだろう。
韓半島からやってきた渡来人のために日本列島の文化・技術は飛躍的に発展したことは再三書いてきたが、これまであまり触れなかったそれ以前の先史時代のことも少し書いておきたい。
『日本人はどこからやってきたのか?』。これは韓半島の人々のルーツにも繋がる話でもある。

ユーラシア大陸の東の果て、日本列島は悪い意味ではなく「吹き溜まりの文化」と言われてきた。北から西、そして南、あるいは南方の島々の四方向から渡って来た人々によって作られたのが日本である。
縄文時代、早期の人口は2万2000人、前期(5500年前)は10万6000人。中期(4400年前)は26万3000人、3200年前の後期は気候変動で狩の獲物が減り、16万1000人に減ったという研究がある。
ほとんど人が出会うこともなかったであろう時代だったが、現代の日本人で縄文人につながるDNAを持つ人は全体の2割といわれるから驚く。
染色体の染色体のミトコンドリアDNAは母方から延々と受け継がれるそうだが、日本人と一致するのはシベリアのバイカル湖周辺に暮らすブリヤート族だという研究もある。私はモンゴル北方に住むブリヤート族の知り合いがいるが、遊牧民ではなく猟師。住居はモンゴル式のゲルではなく木造。お土産のチューブの山葵を美味しいと言ってたちまち1本舐める。寒すぎて栽培に失敗したが、生山葵を持っていき、家族で植えたこともある。祭にも参加したが、そこに現れたシャーマンは秋田のナマハゲにそっくり。訪ねるたびに不思議な気持ちになる。
縄文人の血が今の日本人の2割に残るのなら、あとの8割は弥生時代以降に列島に渡って来た人々との血縁ということになる。
古代、長江上流域の四川、雲南、貴州にいくつもの倭族(倭人)の国があったという研究をしたのが古代史家として高名な鳥越憲三郎氏。雲南省の〓池などの湖沼地帯で水稲の人工栽培に成功したのがその種族であり、中国の争乱、特に紀元前5世紀末の呉の滅亡前後に稲作技術と高床式建物の技術を携え、タイやラオスなど東南アジア方面に広く移住したらしい。その中に長江に沿って北東に向かった群れがあり、山東半島から韓半島を経て日本列島にたどり着いた倭族の一団こそ弥生人の主力となった民族だというのだ。
中国には現在、漢族のほかに54の民族で構成されているというが、匈奴/鮮卑/突厥/契丹/柔然といった名だたる勇猛な民族は漢族にとりこまれ消えてなくなってしまった。倭族系としても今も残るのはカレン族、ラ族、独竜族といった少数民族だけという。
諸説あるが、鳥越氏は山東半島を経て韓半島に上陸、先住のツングース民族の〓・貊族を制し、辰国(馬韓・辰韓)を築き、韓族となった民族も江南から移動した倭族であるとしている。
弥生人となった倭族が江南から来たという説に全面的にうなずける面白い記述を見つけた。華北人が書いた『洛陽伽藍記』という6世紀の本に”入墨をした江南人(華南人)を馬鹿にした”記載がある(確かに魏志倭人伝にも倭人は入墨をしているとある)、その中に華北人とは違う食生活についてもケチョンケチョンに書いている。
要約すると「菰の芽(1)と稗が代用食、茶(2)が飲み物代わり、ジュンサイ(3)の羹をガブガブ、蟹の黄(4)をクチャクチャ、口には檳榔をかむ。中州のところで網をうち、すっぽん掬い(5)菱の実(6)蓮の根(7)にかじりつき、鶏頭(8)を採り歩いて、蛙や蚌(9)の吸い物のご馳走」。
江南人の常食の米にケチをつけていないのが面白いが、自分たちは麦と稗より上等な粟を食べていると自慢。(1)は日本でマコモタケといって和洋中どんな料理にも合う(2)は説明不要(3)ジュンサイは超高級食材(4)蟹子(5)すっぽんは関西で特に好まれる(6)菱の実も好まれる(7)蓮根は説明不要(8)鶏頭とはオニバスの実で珍品(9)蚌とはドブ貝のこと。淡水の二枚貝。
食べたことが無いものもあるが、ほとんどは日本人好みの食材ばかり。韓国の人にはどうだろう。同書を紹介した森浩一氏も「どれもこれも涎のでそうな食物ばかり」。華北人の常用飲料である馬や羊の乳から作った酪(ヨーグルト)と江南の茶のどちらかを選べと言われたら、結論は明白ではとも。
弥生人は江南から来た人々と確信した。

 

 

 時の権力者、蘇我氏が積極的に渡来人を登用。今来郡に漢系の氏族があふれ、やがてこの地は大和朝廷の都となる

2026-02-11 2面
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