在日韓国老人ホームを作る会(金山政英初代会長)は発足から40年が経過、大阪・堺に建設された「故郷の家」(田内文枝初代施設長)の開所からも37年の歳月が流れている。在日を取り巻く介護・福祉の問題は今日の課題に直面、転換期を迎えている。地域で課題解決に取り組む、広島の医療法人社団「八千代会」(姜仁秀会長)、大阪のNPO法人「ぱだ」(宋貞智理事長)、群馬の国立療養所「栗生楽泉園」(坂本浩之助園長)ら高齢施設の運営者に、施設の特徴や現場の声を伺った。 〝もてなしの心〟伝える 広島県安芸高田市に拠点を置く医療法人社団「八千代会」は、八千代病院(1992年開設)の介護医療、メリィホスピタルの医療サービスを中心に、「医療と介護は究極のサービス業」との信念をもとに、八千代グループ会の基本理念である〝もてなしの心〟を実践、高齢者の医療・介護をトータルにサポートしている。 韓日社会貢献の展望を述べる姜仁秀会長(写真=八千代会) 八千代会グループでは、技能実習生・特定技能・留学生の受け入れなど、グローバル人材獲得に向けた体制の整備に取り組んでいる。これまでインドネシア・ミャンマー・ネパールなど外国人の採用・教育に携わってきた実績を持つ。 姜会長は、山口県出身の在日韓国人2世。きっての読書通としても知られているほか、拠点のある広島では在日同胞団体のみならず、日韓親善協会や医療・福祉関係の団体など、幅広い交流を通じて地域の韓日親善の実現に寄与、貢献してきた。 比較文化学者の金文学さんとの対談が綴られた著書『韓国よ、咲き誇れ!』〔南々社、2020〕では、既存の枠組みにとらわれず、旧態(儒教やいわゆる「反日」主義など)を脱した韓日関係の見直しを構想・提唱しており、自身のルーツへの誇り、人類愛の哲学を重視する旨が述べられている。 在日同胞が、国際秩序の新たな架け橋の役割へと積極的に切り込んでいけるよう、自ら介護・医療の現場を通してモデルを提示している。 地域の在日支援へ 大阪市生野区に拠点を置く特定非営利活動法人「ぱだ」は、2000年代に在日コリアン向けの介護福祉施設を複数立ち上げ、在日1世が抱えた「制度的無年金」など、問題への対応に当たった。 在日2世の宋貞智理事長によると、問題の核心はなおざりにされた「戦後補償」をめぐる案件にあり、日本の公的年金制度の適用外とされ、無年金問題に直面していた高齢者たちに手を差し出したのがぱだの出発点であった。また、「貧困調査などから制度的課題を掘り下げ、彼らの処遇改善に努めた。当初から『10年で高齢者もほとんどいなくなるだろう』との見通しがあった。実際に入所者の高齢化は進み、在日1世の方々は亡くなってしまった方が多いが、入所する高齢同胞は新たな課題に直面するようになった」とした。
少子高齢化時代の地域福祉モデルに
かつて在日が経験し、解決に取り組んできた制度の問題や外国文化への対応の知見が、これからの日本社会での介護・福祉の課題に役立つだろうと宋理事長は話す。 NPO法人ぱだ宋貞智理事長 今後、少子高齢化が世界規模でより切実な社会課題となっていく中で、ぱだの取り組みが持つ意義と希望を語る。「コリアの私たちが経験したことが、今日的な課題のモデルケースにできると思う」とし、「外国人高齢者を対象にした若手の介護福祉事業の立ち上げを支援、連携するなど、地域での高齢者受け入れのための新たな取り組みを進めている」と述べた。 むすびに宋理事長は、「要するに、戦後補償の不備に直面した在日が、無国籍者として取り残されてしまった問題が今日にも続いており、現場としての地域社会に課題の解決が委ねられているのがぱだを取り巻く現状に他ならない」と課題をにじませた。 高齢者に安らぎを 群馬県草津町に拠点を置く国立療養所「栗生楽泉園」には、戦前から戦後にかけて日本へ渡り、治療を受けていた在日韓国人が含まれていた。 2015年に着任した坂本浩之助園長は、「私が直接関わることの出来た3人の在日コリアンの入所者たちは、ハンセン病罹患により辛い境遇に置かれていても、みな90代まで天寿を全うされた。単なる高齢者施設ではなく『安らぎ』を感じられる環境が整っていたのだと思っている」とした。
地域社会と共生・共存する高齢施設
坂本園長によると、観光地としても有名な草津町に位置する栗生楽泉園は開所の当時(1932年)から、地域との交流が活発であったのが他の療養所と異なる点。 栗生楽泉園坂本浩之助園長 園内では、文化活動や交流イベントが頻繁に行われ、入所者一人ひとりに社会の一員としての役割があり、生きがいを持てるよう工夫が凝らされている。近隣の小中学生たちは人権学習などの機会で施設を訪れてくることがあり、医学を志す高校生以上の学生たちは研修として数100人規模で園を定期的に訪れるという。 坂本園長は、「日本人であっても、在日コリアンであっても。高齢者が孤独死を迎えてしまうのは、地域社会としての最大の敗北。我々医師の役割は、単に病気を治すことだけではなく、入所者が最期の瞬間まで誰かと繋がっている安心感を提供すること」とした。 |