北韓で「重大事故」が発生した。北東部・清津(チョンジン)の港で21日、5000トン級の駆逐艦の進水式が行われたが、その過程で船が横倒しになったのだ。
事故に関して北韓国営の朝鮮中央通信が翌22日に報じたところによると、「船底の一部に穴が開いた」という。一部始終を目撃した金正恩総書記は、「単に不注意と無責任、非科学的な経験主義によって生じたあり得ないこと」と主張し、「到底容認できない深刻な重大事故で、犯罪的行為」と断罪した。
加えて今回の一件を、「来月に招集される党中央委員会総会で取り扱わざるを得ない」重大事件であると高らかに宣告した。
金正恩氏の言葉から、相当激怒していることが伝わってくるが、それには理由がある。
北韓は先月25日、5000トン級の駆逐艦「崔賢号」を進水、28・29日には崔賢号の戦闘システムの試験を行った。崔賢号の進水式で、金正恩氏は終始ご機嫌の様子で、喜びを隠さなかった。後継者候補の可能性が高い娘のジュエ氏を引き連れ、なんらかの記念イベントに参加するセレブカップルのように振る舞った。妹である金与正朝鮮労働党副部長も二人の子どもと手をつないで進水式に参加する様子が報じられた。
崔賢号の実際の戦闘力は未知数であるが、放射砲やレーダーなどロシアの技術供与があったようだ。自国初の大型軍艦を保有できたことを金正恩総書記は心の底から喜んだことだろう。
崔賢号進水の余勢を駆って2番艦にあたる新型駆逐艦の進水式を行ったようだが、結果は大失敗で終わった。2番艦が横倒しになる様子は衛星画像に捉えられた。隠蔽体質の北韓が駆逐艦事故を報じたのは、隠すことが不可能だと判断したからだろう。
新型駆逐艦の横転事故について、筆者はYouTube「高英起チャンネル」で船舶に詳しい視聴者との意見を通じ、可能な限り客観的に検証・分析したが、艦に問題があったのではなく、「横進水」という高度な技術が必要な進水方式に失敗した可能性が高いようである。
横進水による事故は、ゴミ詰まりなども含めて基本的で単純なミスでも起こりうるという。あえて、見た目が派手で難易度の高い横進水にチャレンジしたのかと思いきや、そもそも進水した清津造船所の構造上「横進水」しかできなかったようである。ただし、5000トン級は初めてということもあり、やはり準備不足と突貫工事、すなわち北韓の悪弊である「速度戦」が事故をもたらした可能性が高い。
早めの工期を設定して目標を達成する「速度戦」により、北韓では何度も大事故が発生しているが、一向に改める気配はない。進水に失敗したとすれば、駆逐艦自体には問題がなかった可能性もある。成否にかかわらず、発射してなんぼのミサイルやロケットに比べると、進水して「さあ、これから!」のはずの駆逐艦が大事故を引き起こしたのだ。
金正恩氏はロシアとの軍事協力関係をよりどころに、自国の軍事強化が順調に進んでいるとの思いがあっただけに、今回の件は大損失を被ったことになる。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。 |