今回とりあげる渤海は滅亡した高句麗の遺民が建国した国である。
高句麗の滅亡と渤海の建国の過程を見ると、とんでもないストーリーがある。隋と唐という大帝国と七十年間にわたって戦い、力尽きて滅んだ後に海東の盛国といわれるような国を築いたのだから驚くべきものである。
６世紀末、中国を統一した隋が次に矛先を向けたのは高句麗であった。５９８年、水陸３０万人の軍勢を送り込んだのが最初であったが、その侵攻は兵の８割を失って大失敗する。次の煬帝は６１２年１月。世界史的に見ても前代未聞の２００万人（これは公称で、実際は１１３万人だったらしいが）の兵を動員。それに物資を輸送・補給する兵站にその倍の人数を当てたという。しかし、その数が多すぎ、全軍が出立するのに４０日もかかる有様。戦線が伸びきり相互の連絡ができず指揮系統は混乱。こんなドタバタで行軍は遅れに遅れ、食料不足に。対する高句麗軍は準備万端。数多く作られた山城に立てこもりながら、至る所に配した伏兵による攻撃など巧みな戦術で対抗。形勢不利を悟り退却する隋軍を壊滅させた薩水の戦いなど、高句麗領内に入った３０万５０００人のうち生き残ったのはわずか２７００人という大惨敗となる。煬帝はそれでも諦めず、さらに二度の遠征を試みるが、厭戦気分が高まり各地で反乱が起き隋帝国滅亡の主要因となる。
次の唐になるとその関係は一端落ち着くが、高句麗が百済と連合して新羅を圧迫し始めると雲行きが怪しくなる。新羅を支援する唐軍は６４５年、水陸１０万人を越える兵力で侵攻したのを皮切りに毎年のように三度攻め込んだが、そのたびに唐軍を退ける。その戦いと敗北の構図は隋の失敗と同じようであった。
しかし、さしもの高句麗も長い戦いに疲弊激しく、絶対的指導者、泉蓋蘇文の死（６６６年）と内紛により、唐と新羅の挟撃に耐えられず、平壌の王宮は焼け落ちる。６６８年１０月のことだった。
隋が国を亡ぼすまで高句麗平定に執着したのか、その逆に、なぜ高句麗が国を滅ぼすまで抵抗したのかは今も謎である。
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滅亡した高句麗遺民の多くは旧高句麗領土であった遼寧省朝陽に強制移住させられる。
日本列島にも高句麗遺民が渡ってきている。こちらは新羅に保護された遺民らしい。統一新羅は唐から旧高句麗の領地を奪い返すために、傀儡の高句麗王を置き遺民の一部を保護したが、６８３年にその政策を廃止したため、反乱が発生。その混乱で一部が列島に亡命したらしい。これらの人々は百済の遺民のように優遇されることはなく、開拓民として東国におくられ、７１６年、武蔵国に高句麗人１７９９人を集めて高麗郡を設置している。続日本紀にも高麗若光に高麗王の姓を授けたとある。若光は遺民の指導的立場にあったと思われる。埼玉県日高市にある高麗神社の宮司は代々若光の子孫だという。
さて遼寧省に強制移住させられた遺民はというと、滅亡２８年後の６９６年、この地で唐の圧政に苦しんでいた契丹族が反乱を起こす。同様の状態であった高句麗遺民もこの動乱に乗じて靺鞨族と一緒になって抑留地からの脱出を始める。
靺鞨族は中国東北地方に広く居住していたツングース系民族の呼び名。その一つが後に女真族・満州族となり、金朝や清朝を建国していることでも知られる。高句麗もツングース系であり、同族・同根であることに違いはない。
渤海国建国につながる動きは、こうである。
高句麗遺民か靺鞨族の出自かは諸説あるが、おそらく高句麗の武将であっただろう乞乞仲像と乞四比羽に率いられた脱出行は二人の戦死でいったん阻止される。しかし仲像の子・大祚栄をリーダーに中国東北部に戻ることに成功。高句麗系と靺鞨系の戦士を再結集して現在の中国吉林省の敦化付近に築城。脱出劇からわずか２年後の６９８年に「震国」という名の国を建国することに成功、着実に領土を広げる。
唐との関係は紆余曲折するものの、その勢いは唐王朝の認めるものとなり、７１３年、唐からの招きを受けた機会をとらえ、息子を人質に入れ唐の冊封体制に入る。かつて高句麗が遼東半島と山東半島に囲まれた内海であり、仙人が住むという渤海にまで広がる領土を誇った栄光の時代にちなみ、国名を「渤海」に改める。領土とは遠く離れた地名だが、それが高句麗遺民としての思いの表れだったのであろう。
簡単な地図を作ってみたが、その領土は現在の中国東北部を中心に半島の中部から北朝鮮、ロシア沿海州南部に及ぶ大国である。日本とも親密な関係があった国である。　　　　　　　　＜つづく＞

高句麗遺民を集めて現在の埼玉県飯能・日高・鶴ヶ島・狭山市にまたがる広い地域に高麗郡が置かれた。今も高麗川や写真の高麗神社がある。高句麗遺民の力で開拓された地である