世界の多くの開発途上国が急速な産業化を望んだが、少数の国家だけが成功した。それは圧縮的成長が如何に難しいのかを物語る。1970年代の朴大統領が、テクノクラートや官僚集団をどう管理したかを呉源哲元商工部次官補の回顧を続けて紹介する。
実務幹部たちが大統領にブリーフィングをするようになったのは、前に触れた通り、実務に明るい朴大統領がブリーフィングの途中で鋭い質問をするとき、長・次官が回答できない場合があるためにできた制度だ。内容を最もよく把握している実務公務員、つまりテクノクラートたちが優待された時代だった。
二つの部署に関係する事案に対してその部署間で意見が異なる場合は、同じ場所で二つの省庁がそれぞれブリーフィングをするときもある。このときは、ブリーフィングをする二つの部署の実務公務員の間で激論が交わされることもある。そのときは、朴大統領が全部聞いてから最終決断を下す。それで、どちらも文句が言えない。二人の長官は事前に合意を引き出せなかった責任もあって、大統領に申し訳ない気がするからだ。
また、長官が最終決定をできないままブリーフィングすることがある。つまり、結論の部分でA案とB案を併記し、長所と短所だけを説明するのだ。このとき、朴大統領は「長官! あなたはA案かB案か」と叱責する。長官は責任行政をせよという意味だ。各部署で作成する経済開発計画は、長官以下の全職員が額を集め、心を合わせて樹立するもので、大統領に気を遣って決めるものではないという叱責でもある。
細部計画は、各部署で樹立する。重要な案件は、書類で作成して大統領の決済を受けることもあるが、長官の責任の下で確定されることが多い。このように決定された計画は、長官の責任で執行することになり、計画が成功すればその部署の功となり、失敗すれば責任を負うことになる。全体的に各部署の責任行政事項に属する。
原則と権利が適切に確定したら、細部計画段階での作業はやりやすい。また、自由裁量の幅が少なくなり、不正が生じる素地が減る。細部計画の作成段階では工場設立との関係が多い。
電子工業で例を挙げてみよう。電子工業育成政策は、大統領の関心事業となり、所要資金も確保されたため、育成政策に基づいて育成業種を公告し、基準によって企業を確定すればよい。
ところが、問題はそう単純ではない。工場の建設には内資だけでなく、外国から機械設備を導入するための外資が必要になる。ところが当時、外資の導入には政府が支払保証をせねばならず、国会の承認を得ねばならなかった。結局、外資の導入は国会が決定権を持っている。
国会は政治をするところだ。そこでは与野党と副総理の間で、工場建設に関して熾烈な議論が行われる。
事業を直接担当する商工部の職員たちは、反対意見を持っている国会議員(主に野党)を訪ねて、必要な資料を提示し説得するのに全力を尽くす。そして結局は、反対した野党議員も合意することになる。当時は、国家経済発展のため、国民の皆が協力していた時代だった。
このように苦労して建設した工場でも、不実企業体が発生した。利子や分割償還金を返済できない場合、政府に代わって支払保証をした銀行が、代わりに返済する事態が発生した。企業には資金がないため、工場の運営まで銀行がやるしかなくなる。
(つづく) |