李起昇
今回から、韓国の歴史や韓国文化の四方山について書いていくことになりました。私は今年六十七歳になりました。かみさんからはヨボヨボと呼ばれています。下関出身の二世です。まあ、お付き合い下さい。
さて、先ずは名前の話から始めましょうか? 私の名前をよく見て下さい。「李 起 昇」と書いています。あれ?と思った人は、かなり注意深い人です。そう、私は韓国式で名前を表記しました。日本式だとどうなるでしょうか? 日本式だと「李 起昇」になります。もう一度見比べてみましょう。韓国式は「李〇起〇昇」です。日本式は「李〇起昇」です。違いに気がつきましたか?
日本式は姓と名前で区切りを入れています。しかし韓国式は名前の間にもう一つ区切りが入ります。どうして名前を二つに分割するのでしょうか? それは韓国人の名前の付け方と日本人の名前の付け方とが違うからです。結果、表記も異なることになります。
私の名前は「キスン」といいますから「起昇」です。しかし、この名前は二つのものから成り立っています。私本来の名前である「昇」と先祖から何代目であるかを示す記号である「起」から成り立っています。戸籍に載せる名前は「起昇」ですが、この名前は二つの要素の合体なのです。
私は全州李氏の孝寧大君派の十八代目です。「派」というのは日本語で言うなら「宮家」で、派閥という意味ではありません。そのような十八代目が世の中にはごまんと居ると思いますが、彼ら全員が本来の自分の名前の上に「起」の字をつけています。「起」の字の次の世代は「康」。「康」の次の世代は「宰」が世代を示す記号です。なので八十のお爺さんでも世代の記号が「宰」の字なら、「起」の字を持つ赤ん坊に向かって「お爺さん」と呼びます。今ではそんな人は居ないかも知れませんが、私が若い頃は赤ん坊を「お爺さん」と呼んでいるお爺さんが居ました。
このような名前の付け方は、安東金氏でも密陽朴氏でもどこの家でも同じです。韓国人の名前はその者を示す一字プラス記号なのです。それで名前の二文字は同格とみなして、名前の間にスペースを置くのです。ですから私の名前を「李〇起昇」と表記するのは厳密には間違いです。このような表記は、日本人の常識で韓国人の名前を解釈したことによります。韓国式で表記するなら「李〇起〇昇」でなければなりません。
私は会計士を生業(なりわい)としています。それで税務申告書などは「李〇起昇」で出します。日本社会の枠組みの中で動いているので、そうしています。また、若い頃に群像の新人賞をもらって、今も時々小説を書いたりしていますが、その時は「李〇起〇昇」と表記します。自分という人格で勝負する世界ですから、本来の表記で書きます。
現代は韓国でも名前の付け方の法則を知らない人が増えています。先日も韓国人にこのような話をしたら、自分も初めて聞く話だと驚かれました。しかし伝統は潜在化して引き継がれます。もし韓国で何も言わずに名刺を頼むと「李〇起〇昇」と作られるでしょう。一方、日本で何も言わずに名刺を頼むと「李〇起昇」と作られます。すでに名前の法則は無意識化して伝えられているようです。あと、英語の省略表記は、日本人だと二文字ですが、韓国人では三文字になります。文在寅は「JIM」です。もっと簡単に呼ぶときは「J(ジェイ)I(アイ)」と二文字で呼びます。在寅が日本的なひとくくりの名前だったなら、名前をローマ字二文字で呼ぶことはないでしょう。
なお、代数を示す「起」や「康」の文字のことを「トルリムチャ=回り字」と言います。漢字語だとハンニョルです。
李起昇 小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』、『古代史研究書』『日本は韓国だったのか』(いずれもフィールドワイ刊)がある。