朴正煕将軍は、ほぼ最高会議の執務室で起居した。野戦ベッドで寝て起きては朝刊をじっくりと読んだ。そして情報機関からの各種報告書を読んだ。陳情書や提案書まで精読した。報告書を読むため朝食を省略するときもあった。その朴正煕を妻の陸英修女史は軍人の妻らしく、革命家の妻らしく最善を尽くし助けた。
5・16革命後の米国の姿勢は、今まで紹介してきた趙甲済記者の朴正煕伝記が詳細に追跡、整理している。韓国現代史の研究に不可欠なこの伝記は、その後も韓国の現代史で発生した政変、特に2016年に発生して今も進行中の「朴槿惠大統領弾劾政変」(=親中・従北勢力らが主導したクーデター)についてはもちろん、さらに米国の利益が大きくかかっている国家や地域で政変が起きれば、米国がどのような基準や方法で対応、介入するかを推測することができる程度に、当時の状況が具体的に出てくる。
ワシントン時間で1961年7月7日、国家再建最高会議の外務国防委員長の柳陽洙少将は、丁一權駐米韓国大使と一緒にディーン・ラスク国務長官を訪問した。駐米韓国大使館の武官経歴のある柳陽洙は、親善使節団を率いて米国を訪問中だった。この面談には駐韓米国大使を務めたマカナギ極東担当次官補が同席した。柳将軍は、英語が堪能だったが、韓国語で話した。ただ、ラスク長官の発言は通訳しないようにした。
柳陽洙は「米国側が見せてくれた理解と思いやり」に感謝すると言い「われわれはこれからも米国の同情と期待を裏切らないように努力する」と述べた。彼は「革命政府の最も重要な目標は、安保を強化し、不正腐敗を一掃し、革命公約を果たせば良心的でクリーンな民間政府に政権を移譲すること」と要約した。
柳将軍はまた、「ソウルで起きた事態のため米国側が困難な立場に置かれていることをよく分かっており、われわれに対して米国が何を要求しているかもよく分かっている」とし「何よりも、最も重要なことは、韓米の間に障壁を作らないこと」と強調した。ラスク長官は、これまで革命政府に対して抱いていた不満を列挙した。彼は以下のような要旨を述べた。
「米当局の代表たちが韓国政府の実力者たちと十分接触できない。われわれは協力と同伴者精神を生かして韓国の発展のため貢献したい。わが大統領と国務省はバーガー新任大使を全面的に信頼している。韓国の指導者たちは彼と一緒に将来の計画について話しあって欲しい。韓国政府が法と正義の原則から外れる行動をすれば、韓国がよくなるのを望む国々を失望させる」
丁一権大使は、この要旨で話した。「柳陽洙特命大使は、今回の訪米で、米国政府、議会、そして国民が(韓国に対して)どう考えているかがよくわかった。彼が帰国すれば、このような世論を政府に伝える」
柳将軍は「私の立場は強くはないが、帰ったら将来に何をすべきかについて同志たちによく説明する」と言った。この会談の直後、ラスク長官は駐米英国大使とフランス大使を呼んで韓国事態への協力を要請した。
「我々は、韓国で権力が行使されている現状について当惑している。しかし、朴正煕が北韓と接触しているという噂は信憑性がない。私たちは駐韓米国、英国、フランス大使が緊密に協力することを望む。韓国軍部が、米軍司令官が知らないよう全国を占領する危険性もある」 (つづく) |