朝鮮を代表する名将・李舜臣と、対馬藩の朝鮮通事・ かけ梯はし七しち大だ夫ゆうの活躍を軸に、豊臣秀吉の朝鮮出兵を描いた。筆者の金永治雄は処女作『城壁 もう一つの文禄・慶長の役』でも朝鮮出兵時の晋州城攻防を描いている。
京都市の東山で生まれ育った。耳塚が遊び場だった。ふと自分の半生を振り返ってみたとき、耳塚とは何だったのか、文禄・慶長の役とは何だったのかが気にかかった。
日本の歴史上初の海外派兵であったにもかかわらず、一般に詳細が知られていないことも2作続けて朝鮮出兵を扱う動機になった。
「一番避けたかったのは、変なナショナリズムが入ることだった」と著者はいう。
朝鮮側にも日本側にも寄ることなく、史料を読み込んで物語を編んだ。創作で補った部分は多いというが、著者の歴史上の人物に対する新たな解釈を、一層際立たせる演出になっている。
主人公の一人である梯七大夫は、朝鮮と日本をまたにかけた“二重スパイ”であると言われてきた。しかし著者は、両国が一日も早く停戦することを梯は願っていたと分析する。
対馬藩の下級官吏だった梯。残された史料が少なかったため、その活躍を描いた部分は多くを創作に頼らざるをえなかったが、巧みな人物配置が梯の苦悩をよく伝えている。
著者の金永は作品を通じ、「人々、特に戦場に赴く人よりも銃後の人を題材に、戦争の理不尽さを描きたい」という。本書の日本側の主人公が、朝鮮側の主人公である李舜臣と直接関わりのない梯になっているのもそのためだろう。下級の文官を主人公にすることで、朝鮮出兵を描いた従来の作品にない幅と奥行きが生まれたともいえる。
資料集めに苦労し、脱稿まで3年を費やした。そのぶん「力作ができたという手ごたえはある」と著者はいう。
朝鮮出兵の知られざる一面を描いた秀作だ。(溝口恭平) |