祥一には弟妹が三人いた。祥一が長男で、次が二つ下の妹の純子、つぎがさらに三つ下の妹の利子、いちばん下が利子よりもまた三つ下の弟の祥吉だった。
長女の純子は、敦賀の高校を卒業後、週三回洋裁の学校に通いながら、家事を手伝っていた。いずれ嫁に行くのだからと、母からキムチの漬け方を教わったりしていた。
その純子が、どこでどう知り合ったものか、二年齢上の日本人の男と恋愛関係に陥った。純子がまだ十九になるかならないかぐらいのときだった。
この三月のなかば、祥一が春休みで帰省して、夜遅くに家に着いてみると、父がさかんに純子を問い詰めているところだった。
「あの男はどういう男かときいているんだ」
父が怒声でいっている。純子は困惑した顔でうなだれていた。もともと純子は性質が至っておとなしく、口数の少ない妹だった。
帰省早々思いがけない光景に祥一の方も当惑し、わけをきいてみると、この頃純子の帰りがしょっちゅう遅いのだという。夕飯をすませてときどき外出する。帰りが十時になったり十一時になったりする。
たまたまその日は、父が町の繁華街で店舗を借りて営んでいるパチンコ屋が定休日だった。夜になって父は用足しに出かけ、九時すぎに自転車で家に帰る途中、ふっと通りがかりの喫茶店をのぞいたら、純子が見知らぬ男と話し込んでいるのが目についた。家に帰ってから、父は母の文順に、純子はどこに出かけたのかときいた。
「友達の家に行くとかいって、夕飯を食べてから出かけて行ったけど」
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このところ、夜になるとよく出かけて行くという。
「誰の家に行ったか知らねえのか」
「洋裁学校の友達のところかと思って」
「馬鹿野郎。洋裁学校に男が通っているか」
父は先刻目にしたことを母に告げ、母の監督不行届を怒った。父は、朝十時頃に店に出かけると、そのまま夜半近くまで家に帰らないから、子供たちの行状についてはほとんど知るところがなかった。
十時をすぎてから純子は家に帰ってきた。玄関からすぐ二階の自分の部屋に行こうとした純子を、父は茶の間に呼び寄せた。そして詰問をはじめてものの三十分と経たない時刻に、祥一は、春休みに入ったからと、ひさしぶりにわが家に帰ってきたのである。ところが待っていたのは純子を相手にしての父の怒声というわけだった。途端に祥一は暗い気持になった。 祥一を見ると、純子は、助けになってくれる人が運良くきてくれたというように、ほっとした表情を見せた。しかし父の怒りは収まらなかった。帰ってきたよ、と祥一がいっても、父は怒りを顔にみなぎらせたまま、正月休みいらい三カ月ぶりに帰ってきた祥一に挨拶もしなかった。
炬燵(こたつ)を囲みながら、祥一は母から大体のいきさつをきいた。祥一はこの場面にどう対応していいかわからなかった。うなだれている純子を言葉もなく見つめていると、父が突然、
「親にもいえねえ男とつき合っているわけかよ」
と怒鳴りながら手を伸ばし、純子の頬を打った。純子は打たれた頬に手をあて、怯えた顔で父を見つめた。父は、いったん怒り出すと恐ろしい。それはこの家の誰もが身にしみて知っていることだった。怒り出すと見境いがなくなるのだ。
「手を上げるのはやめてよ」
祥一はできるだけ穏やかな声で父にいった。
第3186号 1984年6月23日(土曜日) 4面掲載 |