一般社団法人「アジア自由民主連帯協議会」(ペマ・ギャルポ会長)は都内の会場で15日、「第84回講演会」を開催、約30人が集まった。北送事業の研究者で、2年前に専著を公刊した川島高峰・明治大学情報コミュニケーション学部教授が「現代の視点で見る北朝鮮帰国事業」と題して講演を行った。
9万3000人中、帰国36人の犯罪性
三浦小太郎・アジア自由民主連帯協議会理事長は講演に先立って川島教授の経歴を紹介、同日の講演会の趣旨を「アカデミズムの立場から、事業の位置づけに異議を唱えた研究者による、貴重な話が聴ける機会」とした。
北送事業を「国際共産主義運動」とし、「抑留外交」の文脈から読み解いた著書『北朝鮮帰国事業と国際共産主義運動~史料が明らかにする真実』をちょうど2年前に公刊していた川島教授は、今後『北朝鮮帰国事業資料集成』と題した全10巻(別冊1)からなるシリーズ配本が進行している点を報告。
講演のはじめに、1959年から始まった北送事業を〝自由民主主義から共産主義の国へ約9万3000人もの邦人を移動させた、世界史的に比類のない事件〟と定義。当時のアジアの国際事情、政治的条件を加味しても、36人しか日本への帰国を実現できなかった「抑留外交」上の〝失敗〟としか呼べない事件であったと強調した。
■「〝人道的〟追放」に帰着
川島教授は、「シベリア抑留者の帰還交渉に携わったスタッフがそのまま帰国事業も担当していた。東アジアの社会主義諸国が連帯して邦人を人質に取り、外交カードとしていた中で、日本側は事実上の『巨大な拉致』を許してしまった。当時の日本人は右も左もこれが〝人道的〟だと信じていたが、差別や貧困があるなら国内で解決すべきだった。存在そのものを送り出し消すことを選んだのは、非人道的な『人道的追放』に他ならない」とした。
また、かつて北送事業を「移民的帰還」と鼓舞したリベラリストたちの喧伝が、「実際には半島南部からの移動が多かった在日コリアンに対し、祖国と呼べない領域に”移民”と”帰還”を迫ったのはどちらも矛盾を内包した表現でしかなかった。より深刻なのは、現在もなお”差別に苦しんでいた人たちを帰してあげた”などと現実とは全く異なる認識が一部の人々にいまだに信じられている点」と警鐘を鳴らし、今日的な課題をも浮き彫りにした。
■「多文化共生」の限界
講演の後半で、北送事業の歴史的教訓は現代の外国人問題にも直結すると指摘、現在の日本の在留外国人は400万人を突破、ベトナムやネパールなど多国籍化が進む中、在日コリアンが日本社会と折り合いをつけるまで長い歳月を要した事実を挙げ、「かつて正当化されたフェイク(偽りの人道主義)を繰り返させないよう、今なお向き合わなければならない」と述べた。
川島教授は、本国の情勢(中国・台湾情勢や東南アジアの政情不安)が在留外国人の動向にも直結するリスクを詳説しながら、「メンバーシップ(国籍・在留資格)を決めるのは当然の国家主権。それをコントロールすることは、決して後ろめたいことではない」とし、国ごとに状況の異なる外国人管理の不備の面などにより、新たな国際紛争や人権悲劇の火種が浮かび上がりかねない(あるいは、既に現実の課題となっている)今日的な課題を直視、警戒を呼びかける。
なお、北送事業が契機となり在日コリアンにとって(1)在留資格の獲得が自己防衛に直結するという認識基盤ができた点(2)焼き肉やキムチなどの文化が日本に定着する主因となった点など、前向きに捉えられなくもない出来事もあったと指摘した。
また、「帰国事業は教訓の塊だ。過去を冷静な学問的対象として見直すことは、今の日本がどのような未来像を描くのかを問い直すことに直結している」とし、「9万3000人を消失させた在日コリアンとの関係構築に、100年以上の歳月が必要とされている。その重い意味を、我々は考え続けなければならない」と結んだ。
冷静な学術的視点と、韓日のアイデンティティーを守り抜こうとする意志が交錯した講演だった。
 | | | 15日、アジア自由民主連帯協議会の第84回講演会で講演を行う川島高峰・明治大学情報コミュニケーション学部教授 |