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最終更新日: 2026-01-14 11:30:38
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2026年01月14日 11:09
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古代史万華鏡クラブ 第65回
韓半島全体が中国だった時代

 これまでの連載で主に高句麗・百済・新羅や加耶、さらに渤海や高麗時代における倭(日本)との関係について勉強してきたが、紀元前の時代も調べれば調べるほど面白い。年の始めは韓半島の曙の時代をもう一度勉強してみたい
古朝鮮と呼ばれる時代である。
(1)紀元前2333年に檀君王倹が建国したという檀君王朝。それについて日本人があれこれ書く資格はないが、日本の神武天皇の話と同じようなものだろう。こちらは今年で建国2686年らしい。
(2)中国の殷王朝滅亡時(紀元前11世紀)に韓半島に多くの遺民を引き連れて移住した殷の貴人、箕子によって建国された箕子朝鮮。これも神話の世界だが、なんらかの歴史的事実があったはずだ。中国の歴史書、司馬遷の『史記』に登場する。
(3)紀元前194年、秦によって滅ぼされた燕(韓↓趙↓魏↓楚↓燕↓斉の順に倒されて始皇帝が中国を統一)の武将であった衛満が千人あまりの兵を引き連れて亡命、箕子朝鮮を倒して建国した衛氏朝鮮。衛氏朝鮮末期の時代になると神話から脱し、有史時代となるのだが、これらの伝説は中国大陸の政治的動向と密接な関係があることを表している。
韓半島の衛氏朝鮮時代、中国では秦を滅ぼして漢王朝(前漢)が成立。その五代皇帝、武帝の時、絶頂期となり周辺の東夷・南蛮・西戎・北狄のいわゆる蛮族を撃ち領土を広げる策をとった。北は宿敵の匈奴と闘い、南は雲南はおろかベトナムにまで進出、西は敦煌あたりまで制圧し、後のシルクロードを拓き、商域を広げ、征服した地に中国商人(華商)を送り込んだ。
一方、中国東北部や韓半島の東夷に対してはどんな政策をとったのか。衛氏朝鮮は巧みな政策で前漢の”外臣”の形で命脈を保ったが、勝手に周辺諸国を責め国土を拡大。しかも外臣であったのにかかわらず、一度も呼び出しに応じず武帝の逆鱗に触れ、紀元前108年に滅ぼされる。武帝はただちにこの地に楽浪郡を設け統治したことは日本でもよく知られているが、同時に各地に玄菟・臨屯・真番の3郡も置き、韓半島のほぼ全域を支配する政策をとった。
楽浪郡は今の平安道・黄海道・京畿道にまたがり、玄菟郡は咸鏡北道、臨屯郡は江原道から咸鏡南道にかけて。真番郡の位置については南方説と北方説があり、南方説では慶尚北道、北方説では鴨緑江中流域あたりとされる。記事中の地図は南方説をとる歴史家の岡田英弘氏の説を参考に、おおよその位置を比定してみた。
岡田英弘氏はその著書『日本史の誕生』(ちくま文庫)にこう書いている。
「真番郡は、韓半島の南端、洛東江の流域にあって、ここに十五県が建設された。県域一つにつき千人としても一万を越す中国人が、日本列島の目と鼻の先に入植し、しかも日本列島の市場の開拓に従事したのである」
韓半島の南に置かれた真番郡は韓半島だけの話ではなかった。領土を拡大して交易網を広げようとした武帝の戦略の対象は紀元前の倭にも及んだようだ。注目すべきはそれらの領土は植民地ではなく、郡県制による前漢の直轄領であった点だ。郡の役所である「郡治」には長安の都から役人が派遣された。つまり日本列島と目と鼻の先に漢帝国があったということだ。
真番郡から紀元前の倭に中国人商人がどんどんやってくる。壱岐島や北九州、出雲の海岸や河口の船着き場に交易のための小さな市場ができる。そこがやがて部落となり村となって、やがて原始国家が生まれたというわけである。
ところが、さすがの商売上手の中国人商人も苦戦したようだ。紀元前の韓半島の大部分や日本列島には交易品などない草莽の時代。後の紀元107年の段階になっても倭の奴国の後漢への朝貢品は生口(戦争捕虜の男女奴隷)160人だった。人間以外の自慢の献上品などなかったからだろう。華商が莫大な利益を上げるような状況ではなかったことも表す。
真番郡と臨屯郡は設置から26年後に突然廃止。玄菟郡もしばらくすると遼東半島に移され、楽浪郡だけとなる。たった26年で3郡の経営を諦めた理由として、領土拡大に費用を使い過ぎたため財政に問題が出た説、在地の住民からの激しい抵抗があった説があるが、案外、紀元前の倭や韓半島では中原(黄河中・下流域。中国経済の中心地)に近い楽浪郡以外は文化が未発達段階。要するに”商売にならん”だったのではないか。
とはいえ、紀元前に韓半島の大部分がほんのはわずかの間であるが中国であったということは事実であり、倭にとって商品経済の第一歩を踏み出させてくれたこともまた事実である。

真番郡の中国人商人が多くやって来たのは壱岐島だろう。来訪した古代の中国人の好物でもてなしたのであろうか、原の辻遺跡では犬の骨が多く発掘されている(壱岐市提供)

2026-01-14 6面
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