藤原京は大和三山にあり、いまの奈良県の橿原市だ。藤原宮は藤原京にあった。
持統天皇が藤原京を作って遷都した。飛鳥時代が暮れ奈良時代が明けた。
西暦689年の4月13日、草壁皇子が27歳で亡くなった。
翌年の690年1月1日、持統天皇が即位した。皇位を継ぐべき草壁皇子が亡くなったため、母親の持統が即位した。そして、藤原京への遷都を決断した。日本書紀にその年の12月16日、持統天皇が公卿百僚を連れて藤原に行幸し、宮殿の敷地を見回したと記されている。
694年の12月6日、藤原京が完成した。飛鳥淨御原宮から遷都した。
藤原京の完工のお祝いの作品として万葉集の50番歌が作られた。作品には藤原京を築造した目的や宮殿を建てる情景が描かれている。
50番歌を解読する。
八隅 知 之 吾大王
高照日 之 皇子荒妙 乃
藤原我宇倍 尒食
國 乎 賣 之 賜 牟 等 都 宮 者 高 所 知 武等
神長柄 所 念 奈
戶二天地
毛緣而有許曾 磐走
淡海 乃 國 之 衣手 能田上山 之眞 木佐苦檜 乃
嬬手 乎 物 乃 布能
八十氏河 尒 玉藻 成 浮倍 流礼其乎 取 登 散和久
毛 御民 家 忘身 毛 多 奈 不知 鴨自
物水 尒 浮居 而
吾作日 之 御門 尒 不知
國 依 巨勢道從
我國 者 尙世 尒成牟 圖負 留
神龜 毛 新代 等泉 乃 河 尒 持月 流
眞 木 乃都 麻手 乎 百不足 五十
日太 尒 作泝 須良牟
伊蘇 波 久見 者
神隨 尒有之
万葉集の古峰峻嶺 持統万葉の絶頂(万葉集50番歌)
<続く> |