金正恩総書記の実娘であるジュエ氏の存在感が高まっている。北韓メディアが金正恩父娘の公開活動を報じる回数が年々増えつつある。
一方、金日成首席と金正日国防委員長の名前は、北韓メディアから減少している。どうやら金正恩氏は金日成・正日氏の最高指導者としての業績をそれなりに踏まえつつ、自身を始祖とした新しい白頭の血統による北韓史を作り、ジュエ氏を後継者にするつもりではなかろうか。
労働新聞は19日、「党中央の唯一的指導体制はわが党と国家の尊厳であり、不敗の力である」と題する長文記事を掲載した。故金正日氏が1964年に金日成総合大学を卒業し、朝鮮労働党中央委員会に初出勤した6月19日にあわせて毎年掲載されてきた。しかしながら、金正日氏に関する言及は一切なかったが、「党中央」という言葉が記事中に34回も繰り返されている。「党中央」は最高指導者または後継者を象徴的に指す用語だ。過去に金正日氏や金正恩氏が後継者として浮上した時期にも同様の形で使用された前例がある。金正恩総書記の娘で、名前が「ジュエ」とされる少女は内外の公式の舞台に度々姿を現していることから、「党中央」という表現が事実上、彼女を指しているのではないかとの見方が、韓国などの対北韓研究者の間から出ている。
金正日氏が74年に、故金日成主席の後継者に内定した際には、「党中央の消えない灯火」という表現が、忠誠の手紙や学習資料などに繰り返し登場した。金正恩氏が2008年に、金正日氏の後継者に内定した際にも、北韓人民軍や住民組織が、「党中央を命をもって守る」とのスローガンを掲げ、忠誠を誓った。
今回の展開も、これらと類似した構図を踏襲している。金正日氏の業績には触れず、「党中央」の絶対性を強調し、「思想・組織・規律の一体化」を求めている。「ジュエ」氏は、今月9日に在朝ロシア大使館で行われた戦勝節行事に初めて同行し、事実上の外交活動まで開始した。ファーストレディ的役割を兼ねながら、後継者としての教育が本格化しているとの分析もある。労働新聞はこの日の記事で、「国家の絶対的力と尊厳は、党中央の唯一的指導体制から生まれる」とし、「全党と全社会がひとつの中心となって動かなければならない」と改めて強調した。
忠誠学習や偉人称賛、党文書の作成といった「後継者登場の前兆」とされる動きが今後続く可能性が高いとの分析もある。ただ、金正恩氏の後継者となることは、その恐怖政治をも引き継ぐことを意味する。
まだ少女である彼の娘に、そういった「才能」があるかどうかは未知数だ。「ジュエ氏後継者説」を否定する根拠は、「儒教の伝統が強く残る北韓で女子が後継者になれるはずはない」というものだ。しかし、愛人の子どもである金正恩氏は儒教的な見方では、後を継ぐべき「本流」ではなく「傍流」に過ぎない。
嫡男の金正男氏を押しのけ北韓の頂点に立ち、さらに暗殺した金正恩氏なら躊躇なく儒教的な伝統を破壊するだろう。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。
|