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最終更新日: 2025-04-01 11:59:48
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2025年04月01日 11:51
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幻の大和朝廷第75回
新解釈日本書紀(続)応神

 清寧を亡き者にしたのは、あるいは飯豊青媛ではなかったかと考えられるのだが、実際は平群氏の勢力であったろうと思われる。飯豊青媛の称制が10カ月と短く、しかも死亡したとされることも、実に疑惑の多い叙述だと思われ、平群氏の専横があったとも考えられる。
そのため、歌垣の故事にかこつけて平群の鮪(しび)を暗殺した顕宗は、平群氏勢力を一掃したと考えられる。その際、飯豊青媛も抹殺されたのか、あるいはすでに平群氏勢力に抹殺されていたのかは定かでないが、顕宗の後ろ盾であったはずの飯豊青媛が朝廷から姿を消したことは確かなようだ。
日本史学界は『記・紀』を絶対視する史観を貫き、”正統”史学のように見なして、異端の説を認めない体質になっていると指摘する研究者も少なくない。その最大のものが、”韓(から)隠し”に徹しているということだ。
”韓(から)隠し”のデパートとも称される『日本書紀』でさえ、韓地からの渡来が随所に記されているが、当然の法理のごとく、日本列島自生論を振りかざす日本史学界の正統史学は、言葉明瞭、意味不明のへんてこりんな逆転の論理を展開して、屁理屈を並べ立てている。
説明がつかなくなると、神話的な話にすり替えたり、証拠がないとか、あるいは韓半島を大陸などと言い換えて言外に中国大陸を意識させるような論述で、逃げの姿勢に徹し、ダンマリを決め込んでしまう。
学問は真実を追究すべきものであり、国威宣揚のために真実に目をそむけるべきではないはずだ。敢えて言いたい。韓地からの渡来なくして、倭地の文明開化はなかったと。

石上神宮は銅器文化の聖地

丹後・赤石・石上は銅器文化で繋がる地であり、石上神宮は銅器文化の聖地であったと考えられる。それは、新羅系山陰王朝の聖地でもあったということで、その石上の地を支配していたのは丹波、実質的には丹後海部勢力であり、大和の地の最初の入植者と考えられるのだ。
沸流百済の大和侵寇により、百済系大和王朝が樹立されて以後、石上の地は、沸流百済によって凌辱された。そして、石上宮で大王であったと思われる市辺押磐王は雄略によって謀殺され、市辺押磐王の子の億計(仁賢)・弘計(顕宗)の兄弟は、丹後勢力の導きによって丹後へ避難したと考えられる。その後、銅器文化で繋がっていた諸勢力を糾合し、雄略・清寧朝を打倒したということだ。

2025-04-02 6面
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