では、なぜ見捨てられたのか。だが、それに関して『日本書紀』は何も語らないのだが、黄泉の世界は、汚穢の世界であり、イザナミの体は腐乱し、見るに堪えなかった。それゆえイザナギは逃げ帰って、禊ぎ祓いをしたのだが、イザナミは1000人を殺すと脅かし、それに対してイザナギは1500人を生むとやり返したのだ。
ということになれば、イザナミは破壊の人(神)格、イザナギは生成の人(神)格ということになるのだが、イザナミは、日向、出雲、阿波、丹後などにその伝承があり、特に丹後での伝承が色濃いと感じられる。しかし、”臭いものには蓋をしろ”式に、イザナミの伝承は隠されているのではないかと感じる。
そのことは、日本(倭)国の始祖とされるイザナギとイザナミが、丹後を始原にしていることを示唆するものであり、京都は丹後こそ、日本の始まりということになる。そのことが、『記・紀』により、丹後が大和に置き換えられたということになる。
そのイザナギとイザナミによる島生みの大八洲生成ルートは、沸流百済の倭地亡命と重なるもので、すなわち、西暦400年前後に、高句麗広開土王に撃破された沸流百済が倭地に亡命し、百済系大和王朝を樹立したのだが、その亡命ルートと重なるということだ。
スサノオは牛頭山(伽耶山)周辺から渡来
新羅ソシモリ(曽尸茂梨)より降臨、出雲の開拓者、ヤマタノオロチ退治、クシイナダヒメとのロマンスなど、華やかなエピソードにこと欠かないスサノオは、日本の上古史上、最も知られた人(神)格であり、そのスサノオ王朝は、新羅系山陰王朝を構成する有力王朝であったと見られる。
アマゾン電子書籍『小説日本書紀4スサノオ(素戔鳴尊)の誓約 スサノオは牛頭山(伽耶山)周辺から渡来した伽耶の王族』(ハンデウン著)では、スサノオの実体把握が試みられており、興味深い。しかし、スサノオが実在したのかどうか、など、その実体は、”糠に釘”であるかのごとくつかみようがない。
スサノオは新羅系山陰王朝のシンボル
一緒に仲良く、国生み、神生みをしたイザナギとイザナミは黄泉の国へ旅立ち、遺子のアマテラスとツキヨミとスサノオは、協力して、その後の世を仕切っていくことになっていたはずだが、アマテラスとスサノオの相克が生じた。
その相克の解決は、両者の誓約で、子を生むことだった。男の子を生めば赤い心(正直な心)で、女の子であれば黒い心(邪心)があるというのはよく理解できない事象だが、それはさておき、スサノオは男の子を生んで、清い心であることが証明されたということになった。 |