新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される北韓で、新たな病気が広がっているようだ。
2019年末に新型コロナウイルス(COVID―19)感染症が発生して以来、北韓は感染者数ゼロと主張してきたが、5月12日にオミクロン変異株「BA・2」の感染者が発生したことが朝鮮労働党の会議で確認された。
それ以後、毎日発熱患者の新規発生数を発表しているが、16日、黄海南道の海州市で、急性腸内性伝染病の感染者が発生した。
具体的な病名には言及していないが、腸チフス、パラチフス、コレラなどの可能性が高い。これらの水飲性感染症は、貧困、飢餓、劣悪な衛生環境によって引き起こされるものであり、北韓では発生条件が十分にそろっている。実際、筆者が中朝国境で1990年代の大飢饉「苦難の行軍」について取材した際、上記の伝染病によって多くの北韓人民が死亡したという話を聞いた。
新型コロナウイルスもそうだが、今回の伝染病も社会的劣悪条件によって発生、感染拡大するものであり、北韓が置かれている今の状況は、金正恩政権の疫病対策の現在地を示している。
19年から22年にかけて、北韓は重症化率と致死率が高いといわれているデルタ株の感染拡大は、ある程度抑えたかもしれないが、オミクロン株を封じ込めることはできなかった。
ここに来て、感染が拡大した原因のひとつに、北韓特有の虚偽報告がありそうだ。例えば、現場の担当者が感染拡大の責任を逃れるために過少報告し、金正恩総書記が実際の感染状況を知りうることができなかった。結果、金正恩氏は感染拡大を抑えたと過信し、労働党大会や会議、軍事パレードなど、感染拡大のリスクが高い行事を連発し、気づいたときには爆発的に拡大していたということが考えられる。
金正恩氏は、コロナ感染症発生を認めた直後に開かれた非常協議会で、北韓内閣、保健医療部門の担当者、中央検察所長らを厳しく批判し叱責した。感染拡大を止められなかったことや、不十分な対策に対する非難だが、虚偽報告に対する金正恩氏の怒りも込められていたのかもしれない。
急性腸内性伝染病の発生を受けて金正恩氏は「自らの家庭で用意した薬品」を現地に送り、対策を事細かく指示したという。
北韓メディアは、金正恩氏と李雪主夫人の2人が薬品を用意している姿を報じたが、相変わらずとんちんかんなプロパガンダとしか言いようがない。
金正恩氏は、核開発、ミサイル開発や、首都・平壌の見栄えだけが立派なタワマン、住宅街などには優先的に国家予算を投じる。しかし、保健医療や地方の社会的インフラの改善、すなわち国民の生命と財産を守るという国家がなすべき最大の責務については、相変わらず無頓着なようだ。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。YouTube高英起チャンネルでも情報発信中! |