色鮮やかな紫陽花が見ごろとなった。その一方で、急な雨に驚かされたり、ジメジメとしてはっきりしない日があったりと、体調にも注意したい時期。
韓国の取材をするようになって10年ほど経った6月下旬のこと、2泊3日の地方取材を終え、昼過ぎにKTXでソウルへ戻った。移動の疲れもあって食欲もなく、かといって食べないと気力も出ないから、まずは昼食をと思いながら改札を出ると、取材に同行していたパクさんから「天気もあまり良くないし、こういう時は肉を食べましょう」と。彼女の言葉に韓国のカメラマンもにこやかに頷いている。「昼間から肉? さっぱりした物がいいのに」と思ったが、すでにパクさんは店に電話を入れながら、タクシーを止めて目的地を告げている。街中の焼肉屋さんではないようだし、もしかして高級店か。でもランチだからバカ高くはないはずと、あれこれ思い巡らしているうちにタクシーは景福宮に近い三清洞ギルへ。白樺の木を配した見覚えのある戸建てレストランの前で止まった。以前、お邪魔したことのある肉専門のレストランで、注文は部位とグラム数だったはず。「食べきれるかな?」と話しながら店へ入ると、パクさんは「サムギョプサルにしてもらったから。食べられない時はケンニプの漬物でご飯を」と笑う。ケンニプはエゴマのこと。その葉の漬物は市場でも見かけたし、デパ地下でも売っていたが、見るからに塩気が強そうで、やや苦手という先入観から、きちんと味わったことはなかった。
店内はランチタイムのピークが過ぎていたこともあって、ゆったりとした雰囲気だった。通されたテーブルにキムチやナムル、卵焼きなどのおかずが運ばれ、パクさんが話していたエゴマの葉の漬物もあった。すべてが整ったところに大皿に整然と並んだサムギョプサルが運ばれてきた。店の人がグリルに手をかざしながら温度を確かめ、大皿に並ぶ肉を大胆に取ってグリルへ乗せていく。サムギョプサルから出る脂が自然に流れ落ちるよう、グリルはやや傾けられ、余分な脂は紙コップへと流れ落ちていく。
肉が食べごろになり、店の人が「ここから食べて」と言いながら、熱々のテンジャンチゲを運ぶように指示を出した。あっと言う間にチゲがワゴンで運ばれてきた。食欲がなかったため、その日はスープが欲しかった。ありがたくテンジャンチゲをひと口いただく。「あら、美味しい」もうひと口。スープの旨味がジワーッと疲れた身体に沁みこむ。昼食時間が遅くなったからだろうか、皆は無言で食べるのに集中。パクさんとカメラマンの二人は漬物のケンニプでご飯を巻いて食べている。さらに観察していると、熱々のサムギョプサルをケンニプに乗せてパクリと。
| | 焼肉のテーブルには決まって、サム(肉を包んで食べる)に使う葉物野菜や大振りの大根を薄く切った酢漬けなどが出される。その種類は店によってもいろいろだが、ケンニプの葉の漬物とサムギョプサルを一緒に食べるとは考えたこともなかった。パクさんを真似して、ケンニプの葉の漬物に少しだけサムギョプサルを乗せて食べてみた。「あらっ」豚肉の旨味がケンニプの漬物の塩気と発酵による旨味が混ざりあい、食べやすく、ご飯が欲しくなる。ご飯をひと口食べて、次はケンニプの葉の漬物でご飯をひと口大に包んでパクリ。「なるほど。これは旨い!」と声が出てしまった。「ケンニプの葉の漬物は韓国なら、どこにでも売っているけど、この店では自分の畑で栽培したエゴマを漬けているからファンも多いの。きっと、前も出されていたはずだよ」と。そして笑いながら「食欲も出てきたみたいね」と続けた。確かにパクさんの言うとおりだった。先入観で判断していた。地元の人と一緒に取材することの大切さを改めて肝に銘じた日であった。
手軽に食べられるサムギョプサルと抗酸化作用をはじめ栄養価に富んでいるエゴマの葉の漬物は、一緒に食べることで漬物の持つ旨みが食欲を増進させつつ消化を助け、しなやかな活力を身体に与えているように思う。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。 |