北韓がついに、国内で新型コロナウイルス(COVID―19)感染者が発生したことを認めた。2020年1月から世界的に拡大したCOVID―19感染症をめぐり、北韓は「感染者数はゼロだ」と、かたくなに主張してきた。
しかし、5月12日に開かれた朝鮮労働党中央委員会の政治局会議で、オミクロン変異株「BA・2」の感染者が確認されたと発表。その2日後に開かれた政治局協議会では、4月末から5月13日の時点で52万人以上の発熱者が発生し、27人が死亡したと明らかにした。
金正恩総書記は、「わが国でもこの悪性伝染病の拡散が、建国以来の大動乱である」と述べ、危機感を示した。わずか1カ月あまりで感染者がゼロから52万人に増えるとは、とても考えられない。やはり、感染者ゼロという主張は虚偽だったのだろう。
金正恩氏は、コロナウイルス感染症が爆発的に拡大していた時期にもかかわらず、労働党大会や軍事パレードなどの大規模なイベントを決行してきた。参加者がマスクを着用するイベントもあったが、軍事パレードなどでは着用していないことも多々あった。いずれ、のっぴきならない状況になるのでは?という見方もあったが、ついにそのときが来たとも言える。
そもそも金正恩氏は、新型コロナウイルスの世界的流行の当初から、極端に厳しい防疫措置を指示してきた。独裁体制ならではの人権を無視した統制によって、ある程度は封じ込めていたようだ。昨年9月には、国際機関からのワクチン提供を辞退した。もしかすると金正恩氏は、防疫体制に自信を持っていたのかもしれない。または防疫を担当する機関が、感染者がいるにもかかわらず、報告による責任追及を恐れて虚偽報告をしていたのか。
いずれにせよ、コロナウイルス感染が疑われる家族を自宅に閉じ込めたり、市民に食料確保の時間も与えないまま都市封鎖を強行するなどの統制によって、多数の餓死者が発生しているという。
今後、都市封鎖が全国規模でより一層厳しく行われることが予想される。そうなれば、慢性的な食糧難はさらに厳しくなり、未曽有の混乱が起きることも懸念される。韓国デイリーNKの内部情報筋によると、「6月までが危ない」「最大の危機だ」という声が上がっている。
北韓では毎年この時期(5月)、都市住民を農村へ大量に送り込み、一気に田植えを済ませる「田植え戦闘(モネギチョントゥ)」が行われる。新型コロナウイルスの影響で中朝貿易が停滞するなか、食糧生産力を高めなければならないが、不特定多数の住民が入り乱れる田植え戦闘で、感染が拡大することも予想される。かといって、田植え戦闘を行わなければ食糧不足が予想される。
金正恩氏は、防疫体制の強化を執拗にアピールしてきたが、その一方では先述の大規模イベントを開催し、ミサイル発射実験を行うなど、ちぐはぐな政策を行ってきた。そのツケを今まさに、払わされるときが来たのかもしれない。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。YouTube高英起チャンネルでも情報発信中!
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