今から四十四年前の一九七七年十一月十五日、横田めぐみさんが北韓に拉致された。めぐみさんをはじめとする日本人拉致事件は発覚から二十五年経った二〇〇二年、小泉純一郎元首相と金正日総書記の間の日朝首脳会談で、金正日氏が非を認め謝罪した。その後、一部の拉致被害者は帰国したが、横田めぐみさんや帰国していない被害者に関して北韓は一貫して「既に死亡」と主張。生存を前提に再調査、早期帰国を要求する日本側と真っ向から対立し、日朝首脳会談から十九年経った現在も解決の糸口すら見えていない。
金正日氏が日本人拉致を認めて謝罪した当時、朝鮮総連内部では激震が走った。ある総連関係者は「北韓が何かしているだろうと思っていた。しかし、金正日(呼び捨て)が、日本人拉致を認めて謝罪するとは思わなかった」と失意を打ち明けた。実は多くの総連関係者が「北韓が日本人を拉致したかもしれない」と疑心を抱きながらも声をあげなかった。総連社会全体の中で、「拉致問題はなかったことにしなければならない」という暗黙の了解があったのだ。日朝会談時に訪朝していたある総連関係者は、ちょうど会談後に帰国し、日本中が大騒ぎになっているのを知ってびっくりしたという。北韓に滞在中、会談に関して何も知らされておらず、また知ることもできなかったのだ。
総連関係者は来る大波に戦々恐々とした。既に拉致問題を通じて、日本社会が非人道的な北韓に怒りを示していた。それまで日本の過去の植民地支配や強制連行に対して「被害者」として責任を追及していた朝鮮総連が、一転して「加害者」扱いされることになった。いくら北韓本国が犯した犯罪とはいえ、本国からの指示で動く朝鮮総連に対して糾弾の声があげられるのはやむを得ない。なによりも日本人拉致の過程で、直接的、間接的に関与した組織員がいたことは明らかになっている。「日本は過去に強制連行という犯罪を犯したわけだから、北韓の日本人拉致問題について責めることはできない」という暴論も見受けられたが、よほど北韓の非を認めたくなかったようだ。百戦百勝の鋼鉄の霊将・金正日将軍が素直に非を認め、謝罪したにもかかわらずだ。
日朝首脳会談前は、「日本人拉致なんかねつ造だ」と大口を叩いていた総連関係者は、この問題に関して一切口をつぐむようになる。日本社会だけでなく在日コリアンからも、朝鮮総連に対する風当たりは強くなり、多くの組織員や支持者が離脱し、距離を置きはじめた。北韓や総連に好意的だったリベラル陣営も厳しい目を注ぐようになった。
九〇年代以降、北韓本国の凋落ぶりと同調するかのように総連の弱体化は進んでいたが、過去に誇った団結はもろくも崩れた。そのきっかけとなったのが、日本人拉致問題である。日本社会が納得する結果が出ない限り、日朝関係に進展はあり得ないだろう。もし、朝鮮総連が日朝関係の正常化を望むのなら、日本社会が拉致問題解決を切実に望んでいることを金正恩総書記に正確に伝えるべきだろう。
高英起(コ・ヨンギ)
在日2世で、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。著書に『北朝鮮ポップスの世界』『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』など。YouTube高英起チャンネルでも情報発信中! |