■潭陽その2
全羅南道潭陽に足を運ぶようになったのは朝鮮時代に造られた瀟灑園への興味からだった。訪れるまでは「貴族階級が建てた別荘なのだろう」という程度に思っていたのだが、敷地の広さにも驚いたが、それ以上に伝わってきたのは「自然と人と学問がひとつ」になった哲学のようなものだった。
高低差のある敷地を活かして造られた庭園の中に、目的を持った大小の建物が点在し、中でも印象深いのが『霽月堂』という書斎のようなはなれである。天井には、ここを建てた朝鮮時代の文人(学者)・梁山甫(1503~1557)の友人とされる河西・金麟厚が書いた詩の扁額を見ることができる。
梁山甫は恩師の趙光祖(1482~1519)が流刑地で亡くなってしまうと、自分の出世も断念し自然の中で暮らすことを選び、この庭園を建てたと伝わっている。園内には竹林をはじめ、さまざまな樹木が四季折々の美しさを見せてくれる。園内を歩きながら、大袈裟かも知れないが「人は自然の姿から気づき、学ぶこと」という言葉が聞こえて来るような気がした。二度目も三度目も、ここを歩くと清々しい気持ちに導いてくれる。ここで過ごした後は、トッカルビの店へ。
| ジューシーで奥深い味わいのトッカルビ | トッカルビは潭陽式と光州松汀里式の2種類がある。潭陽式は牛肉だけを使うもの。その昔、王様のために作られた肉料理と教わった。王様が味のついた骨付き牛カルビを箸で簡単に食べることができるようにと、肉を骨から全部ほぐしてみじん切りにし、味をつけてからまた骨につけて焼くという手間ひまをかけたもの。
お目当ての店は今回で2度目だった。甘辛というか、それでいて濃すぎることのない味付けと肉の柔らかすぎない絶妙な食感が忘れられない。ニンニクや唐辛子、生姜、ゴマ油などなどを使った薬念を使った味付けは想像しただけで食がすすむ。
店に入ると夕食には早いせいか予約なしでも席につけた。小皿料理が並び出し、それらをつまんでいると、ジョンや焼き魚などの料理が次々と並びテーブルが賑やかになっていく。最後に登場したのがトッカルビ。待ってましたとばかりに、まずは汁ものをスプーンでいただき、ご飯をひと口。そしてトッカルビを。「う~ん。この味。この食感」。ジュワーッと広がるカルビのジューシーさと奥深い味わい。満面の笑みを浮かべつつ、ほぼ無言で食べ続け、箸休めに水キムチをいただく。「何とこのさっぱり感。さらにトッカルビの旨味を引き出してくれる。来てよかった」と思っているうちに、トッカルビはほぼ完食に。
店の主人らしき人がやってきて、韓国人の友人と話し始めた。どうやら、私のことのようで前回も同じメンバーだったことなどを話していた。会話が弾んでいるので、「私の想像ですが」と前置きをして「朝鮮時代を樹立した李桂成の本貫が全州にあったことで、貴族階級の人たちもこの地方に別荘を持つようになり食文化も発達し、トッカルビもそういう背景から生まれた料理だったのではないか」と話してみた。そうすると店の主人は、「それもあるし、この地方は年間を通じて温暖なことと、農産物も海産物も豊富なので隠居生活に向いていたようです」と教えていただいた。
味付きカルビを食べやすくしたトッカルビは、子供から年配者まで喜ばれる肉料理のひとつ。牛肉のタンパク質はもちろんだが、味つけのタレに含まれる香味野菜や調味料のパワーが健康をつくっている。複合調味料(薬念)はまさに食べる薬なのだ。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。 |