ソウルをドーナツ状に囲む京畿道の中心都市、水原。市のランドマークとなっている水原華城は、洋の東西を融合させた建築技術の高さとともに、それらの記録が整っていることから1997年にユネスコの世界文化遺産に登録された。
華城は第22代朝鮮王・正祖(1752~1800)が揚州にある父(思悼世子)の墓(隆陵)を水原に移し、その周囲には城壁と楼閣を築き外敵の侵入を防いだ。遷都も考えられていたが、その願いは叶わなかった。
華城の南門となる発達門から近い位置に1917年に開設された栄洞市場がある。この市場では農耕用の家畜の売買も行われていたため、全国各地から多くの人と家畜が集まった。だが、時代の流れとともに農耕用の家畜は機械へと変わり、市場でも食肉を扱うようになり、今に受け継がれた。食肉を扱う市場として韓国三大市場のひとつといわれている。
この市場でヘジャンク店をやっていた人が、ヘジャンクに牛肉を入れたら売れるのでは?と考え、やってみたがコストが高くなりすぎ失敗。それを見ていた隣の店の人が考案したと伝わっているのがヤンニョム(味つけのタレ)カルビ。56年のことだった。瞬く間に評判となり、全国各地にヤンニョムカルビは広まった。
| ロール状の肉が豪華 | ヤンニョムは作る人(店)によってさまざま。水原カルビの特徴といわれているのが、ヤンニョムには醤油を使わず塩だけという点。塩に摺りゴマ(白)やゴマ油、ニンニク、果物(梨やパイナップルなど)、香味野菜を混ぜてタレ(ヤンニョム)を作り、そこに骨付きカルビを骨にくるくると巻いた状態で半日ほど寝かせておく。
水原市内にあるカルビ専門店を初めて訪れた時に、これらの話を聞くことができた。その当時、骨にロール状に巻かれた肉のダイナミックさに驚き、さらにグリルの上でロール状の肉をのばした時の長さに言葉を失った。その大きさは「王カルビ」とも言われると説明された。焼きあがる様子といい匂いといい、これが焼肉だ!と、ワクワクしたのを覚えている。大きな器に六分の一ぐらいの株状態で出された水キムチ。肉を食べながらスープをひとくち飲んでみると、これまた酸味があってカルビの味をいっそう奥深くしてくれるのだ。店の人から「そうやって食べると消化もいいから」と。テーブルには肉をサムにして食べるための葉物野菜もいっぱいあった。「肉と同じくらいの量(グラムで)を食べるといいから」と。そのひと言が印象的だった。同じくらいの量という説明をしていただいたのは初めてだった。
その後、ソウルから近いということもあって、水原までカルビを食べに足を延ばすこともしばしば。コロナ禍の少し前、ソウルから華城へ出かけた。華城の周辺が整備され、訪れる度に充実感も増してくるのだが、とにかく城壁を歩くのが好きだ。お昼をまわったころ、華城からカルビでランチをしようと、お目当てのカルビ専門店へ向かった。店は満席。店の人がやってきて「少し待てますか」と。もちろん、待つことに。寒い時期だったが多くの観光客でにぎわっていた。どこの国の人も「王カルビ」の大きさにテンションもマックス状態のようだ。しばらく待っていると「こちらにどうぞ」と席に案内され、さっそく「ヤンニョムカルビ」を注文した。アッという間にテーブルにバンチャンや肉、グリルなどがセットされ、慣れた手つきで店の人がカルビを焼きはじめた。ほどよく焼きあがり、食べごろの肉をハサミでチョキチョキと切って渡してくれた。そのまま、サムに包みパクリ。「甘辛さとピリ辛さとサムのさっぱり感。美味しい!」来て良かった、待って良かったと思いながら食べていると、「寒い中、待たせてしまって」と店主がやってきた。「前にも来てくれて。味はどうでしたか」と。「夢中で食べてしまって」と笑うと、「水キムチも自家製ですから、もっと召し上がってください」と出して下さった。「肉はパワーが出るし水キムチは消化を助けるだけではなく、風邪の予防にもなるから」と。日常に備わる薬食同源の心得は奥が深い。 |