なかなか旅行もできない状況が続いている。そんな中、ソウルの友人からのラインで韓国へ行ったような気分になることも珍しくない。まして、何度も一緒に訪れたところともなれば「今はとってもいい季節」と、テンションも上がってしまう。
先月、韓国観光の拠点都市を紹介するオンライン配信の制作を担当させていただいた。取り上げた拠点都市のひとつが木浦。20年以上前になるだろうか。あの時の印象は、いつでも思い出せるのがガンギエイ料理だ。
エイの種類にもよるかもしれないが、日本でもエイはどこでも獲れると聞いていたが実際に食べた経験はなく、北海道で食べられていると教わったことがあるだけ。魚屋さんでもスーパーでも見かけることはほとんどない。
現地取材チームに、「木浦でガンギエイの刺身みたいなものを食べたことがあって。その時、三合(サマッ)という食べ方を教えてもらい、ポッサムとキムチとガンギエイを合わせて食べたのだけど、名物料理と教わっているので取り上げて欲しい」と伝えた。ところが現地の反応は意外だった。「韓国人だってあまり好きな人はいないから日本人は無理では?」という返事。なるほどと思いながら、さらに「アンモニア臭さですね。確かに強烈だったけど、三合という食べ方を教えてもらってやってみたの。そうしたらアンモニア臭がうま味となってびっくりしたことがあって」と続けた。若いカメラマンたちにとっては年寄りの食べ物と言わんばかりに否定的。「韓国にはもっと美味しいものがあるのに」と不満そうなメールに「取材する価値あり」と判断した。
| (手前から)ガンギエイとポッサムとキムチの三合 | 20数年前に木浦の飲食店で、ガンギエイのアンモニア臭は防腐剤のような働きをしているため、山間の親戚まで持って行くことができたと店主のおばちゃんに教わったことがあった。作り方も「ガンギエイを獲ってきたら切り身にして、オガ屑を入れた壺に入れて10日ぐらい置いておくかな。オガ屑が発酵し、その熱でガンギエイの発酵が始まり、取り出すころには強烈なアンモニア臭が出てくるから食べる時は三合で。こうやって、ガンギエイとポッサム(茹で豚)、それにキムチを合わせてね。三つを合わせるから三合というの。食べてごらん。アンモニアの臭いが消えるというより、うま味に変わるというか」と言いながら食べてみせた。店内にいた他のお客さんからは「小さいのを食べた方がいいよ」と大応援団。おばちゃんの真似をして三合にしてひと口。「臭いけど何だか不思議な美味しさだ。何と言ったらいいのか」あれこれ表現を考えているところに「これを飲んで」とお客さんからマッコリを勧められた。よくわからないけど飲んでみた。「旨い!マッコリの酸味がたまらない。よく合う。美味しい」と言いながら器を置くとお客さんたちとおばちゃんが大きな拍手。三合にはマッコリが欠かせないということも教わった。「なんて体にいいものばかりなのだろう」と感心していると、おばちゃんが続けた。「臭いがある食べ物は体にいいと昔から言われていてね。このあたりでは、ガンギエイのフェ(刺身)は冠婚葬祭に欠かせない高級品。韓国一といわれているガンギエイは木浦から4時間ぐらいかかる黒島というところで獲れるものなの」と話してくれた。
キムチの酸味と発酵したガンギエイの臭み、中和するかのような茹で豚。そこにマッコリ。いつの時代に誰が考えたのだろう。韓国の南にある港町の飲食店で、発酵文化の極意を知った瞬間だった。
当時のことを思い出していると、ソウルのカメラマンチームから「名物料理のひとつだから行きますね」とのメール。2日後のことだった。現地からスマホに「この取材で初めて食べました!」と、楽しそうな画像が送られてきた。
「発酵した臭いものは体にいいしそれを熟成させるともっと美味しくなる」とも話してくれた飲食店のおばちゃんも歳を重ねてはいたが元気。薬食同源ということばを使う必要がないほど日常的なのだろう。韓国の食文化はここが凄いと思う。
新見寿美江 編集者。著書に『韓国陶磁器めぐり』『韓国食めぐり』(JTB刊)などがある。 |