私は日本では、付き合いでもない限り韓国料理を食べに行きません。焼肉は食べに行きますが、それ以外の韓国料理を食べるためにお店に行くことはありません。味は韓国の半分、値段は倍ですからね。コスパが悪すぎます。とはいえ、いわゆるニューカマーが増えるにつれ、韓国の唐辛子や調味料が入って来るようになり、味は格段に良くなってきました。私が子供の頃の韓国料理と比べると、比較にならないぐらいおいしくなりました。
韓国で食べて、私の記憶に残っているキムチがいくつかあります。先ず、真っ赤な白菜キムチをイメージして下さい。それが一ミリよりも更に細かい、乳酸菌から出た二酸化炭素の泡粒で真っ白に覆われています。口に入れると、泡が弾けて鼻から二酸化炭素がシュワシュワと抜けていきます。噛めばうまみが口中に広がります。このキムチだけで、ご飯を無限に食べ続けられるぐらいうまいです。こういうキムチは日本では見たことがありません。キムチのうまみは乳酸菌やアミノ酸です。日本の下手な店ではそれを砂糖を使って力技で出そうとします。砂糖で醗酵を促進させると後味が悪くなります。しかし自然な醗酵によるうまみは後味さわやかです。この違いが分からないようではいけません。だからキムチに砂糖を入れているような店には何の文句もいわない代わりに、二度と行きません。
これだけうまいキムチは、韓国でもなかなかお目にかかれません。最後に食べたのは、韓国国楽院の職員食堂でした。かみさんの舞台の打ち合わせに国楽の先生に会いに行き、話の後で職員食堂で食べました。シレギクックとキムチという、一番安い料理ですが、キムチが絶品で、どんな高級料理も足元にも及ばないような味でした。職員食堂を一般人も利用できたかは記憶がありません。しかし国楽院がある芸術の殿堂には一般人も利用できる食堂があったはずです。食堂の経営者が同じなら、うまいキムチに出会える可能性があります。醗酵のタイミングもありますから常にそういうキムチに出会えるとは限りませんが、試してみる価値はあると思います。
勤めていたころは、ヨルムピビンパプという、大根の葉の一番安いピビンパプがおいしい店がありました。お婆さんが一人で三畳ぐらいの店でやっていましたが、米のとぎ汁で発酵を促していました。大根の茎を噛むとうまみがじゅわっと口中に広がります。お婆さんのキムチは安くて最高にうまかったです。日本でムルキムチを食べると、一くち口に入れた瞬間に水が違う、と感じます。日本の水ではコクや深みが出ません。
かみさんに連れられて大久保に食べに行ったことがあります。私が韓国料理を食べに行かないと知っているのに誘うのですから、余程自信があったのでしょう。裏通りにある店で、知っている人しかたどり着けないような場所にありました。客のほとんどは韓国から来た人たちでした。かみさんが「どう？　これなら食べられるでしょう」というだけあって、最低ラインはクリアしていました。で、会計士仲間を誘って食べに行きました。うまいと言ってくれたので満足です。後日、雑談の時にその話が出ました。「李さん、店員さんと韓国語で話して格好良かった」などと言います。おいおい、そっちかよと思いながら、韓国語を話せることが格好いい、という発言に違和感を覚えます。私は小さい頃、父親が日本人の友達の居るところで韓国語を使うのが嫌でした。父親が韓国語を使うことは恥ずかしいことでした。それが今は格好いいです。時代も自分も変わったと思ったことです。
そういえば韓国のお客さんと他の大久保の店で食べながら話していると、キムチの追加が出て来たことがありました。「頼んでないよ」というと「韓国のお客さんだから韓国式です」といいます。「日本人からはお金とるの？」と聞くと「とる」そうで、言葉が出来て得したと感じたのはあの時ぐらいでした。

　李起昇　小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』『鬼神たちの祝祭』『泣く女』、古代史研究書『日本は韓国だったのか』（いずれもフィールドワイ刊）がある。