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最終更新日: 2020-11-18 09:01:27
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2020年07月08日 00:00
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大韓民国の建国史(201)民政への移譲を前に自分の革命観を吐露した朴正煕

 朴正煕は朴相吉に言った。
「政治というのがこんなに難しいのか、周りの話が全部違う。これからその時その時に、必要な意見を言ってください。革命とはいっても兵隊だけでやれるものではないでしょう。旧政治家の中で役に立つ人は誰ですか」
こうして朴相吉は「私たちはどうすべきか」というテーマで朴正煕の考えを整理し始めた。著述の中核をつかむため、朴議長との談論が必要と判断して随時、主に深夜に奨忠壇近くの議長公館を訪ねるようになった。朴相吉は、南山のふもとの安い旅館で書き下ろした。
200字原稿用紙で50枚か100枚程度の原稿を書いては議長公館へ行って朴議長に読んでみることにした。
だが、激動期の政局で、朴正煕と落ち着いて話をすることは難しかった。朴正煕は「貧困から脱し弱小民族の悲しみを今、晴らさないと、いつまた機会があるでしょう」「特権層の党争や威勢が国を滅ぼしたのに、解放の後、民主社会になったと言いながら、また特権層が世にのさばるとは、この国の民はいつ楽になるか」など激情を吐露したという。
後で『国家と革命と私』として出版されたこの本の最後の章で、朴正煕は「貧困は、自分の師匠であり恩人である」とした。
「私の24時間は、この師、この恩人と関連のあることから離れられないのだ。”素朴で勤勉で正直で誠実な庶民社会が土台となった、自主独立の韓国の創建”それが私の望みのすべてだ。同時にこれは私の生理でもあるのだ。私が特権階層や派閥的系譜を否定し、君臨社会を憎悪する所以もここにあると思われる。私は一言で言えば、庶民の中で生まれ、育ち、働き、そしてその庶民の人情の中で生が終わるのを念願する。私のように”貧困”という師匠の下で学んだ数百万の同門が健在している限り、決して休むことも後退することもできない」
朴正煕は最後の章の終わりに「最後まで読んでいただきありがとうございます」と述べた。
金鍾泌中央情報部長は、1963年1月5日、陸軍准将で除隊し9日、情報部長職を金容珣最高委員に引き継ぎ、仮称・再建党(後に民主共和党)創党作業を公に指揮し始めた。民間の政治活動が許容されたため、金炳魯(初代大法院長)なども仮称・民政党を中心に政党結成に乗り出した。
こういう状況で、6カ月前に革命主体勢力の内紛に巻き込まれて退いた宋堯讚前内閣首班が1月8日、朴正煕・金鍾泌路線を正面攻撃した。彼は「朴正煕議長と最高委員らは、民政への参加を放棄、予備役編入すべきで、国家は彼らの功績を認め優遇しなければならない」と所信を表明した。最高会議の李厚洛公報室長は直ちに宋堯讚を攻撃した。
すべての危機がそうであるように、革命主体勢力の危機も内紛から始まった。朴正煕は最高委員の懇談会を招集し、怒った声で「新党に不満が多いようだが、はっきりと言ってほしい」と述べた。
金鍾泌の独走、事務局の優位、証券操作と結党資金問題などについて不満が噴出した。穏健な金潤根は、「政治志望生たちが入党推薦を頼んでくるのに推薦方法がないため困っています。党の門戸開放ができませんか」と言った。
朴正煕は「最高委員の中から何人かが、先に党に入って直すべきことがあれば直しましょう」と結論を下した。
金東河、金在春、呉定根、李錫濟、姜尚郁など最高委員が1月16日、予備役になり最高委員の身分を維持したまま金鍾泌の新党に入った。 (つづく)

2020-07-08 3面
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