鳥を「サ」と発音した事例について見てみます。まず蘇塗です。この音は上古音では「サ、ダ」と発音していました。よって当時の人が発音していた音は「サ」だったと言えます。
次いで韓国語に「サタニ」という言葉があります。「サタニ」というのは幼児の精霊が巫女になったものをいいます。「サタニ」の語源については徐廷範氏が『韓国のシャーマニズム』（同朋舎・一九八〇年刊）で検討しています。結論を書きますと、「サタニ」は「サ（鳥に）タン（乗った）イ（人）」という意味になります。現代語的に言うと「セタニ」です。鳥に乗った人は神の使いですから、その霊が取り憑くと、人は巫女、つまり神の使いになるのです。
最後に日本語の「幸（さち）」について見てみたいと思います。「幸（さち）」は韓国語の「サル（矢）」が語源であると国語学者の大野晋氏が『日本語をさかのぼる』（岩波新書・一九七九年）二○三頁で述べています。
矢は山で獲物をもたらしてくれます。山の幸をもたらすものが矢です。初めは獲物を、矢がもたらすもの、と言っていました。その内に獲物そのものを「矢＝幸（さち）」というようになりました。こうして韓国語の「サル」が転じて「幸（さち）」になりました。
私は韓国語の「サル」の「サ」は鳥ではないかと推測しています。もしそうなら「サル」は「鳥する」という意味の動詞になります。これが動名詞化して獲物をもたらしてくれるもの、あるいは、鳥のように素早く飛んでいって獲物を捉えるものと変化したのではないかと思います。
以上、「サル」についてはまだ仮説ですが、それ以外の「サ」は鳥を意味する古代朝鮮語で間違いないでしょう。これに日本語の「くら」がついて「桜（サ、くら）」という言葉が誕生したと思います。桜（さくら）は「サ（鳥＝神の使い＝神）」の「くら」という意味だったのです。なお「くら」の元は高句麗の句麗（クリ）だと思っていますが、これはまた別の機会に話したいと思います。
さて、「さくら」の「サ」は古代朝鮮語だと言うと多くの在日が、日本を作ったのは朝鮮人あるいは韓国人だ、と考えます。しかし本当にそうだったとすると、どうしても解けない大問題があります。
奈良時代は、都の人間の八割が渡来人（朝鮮人）でした。彼らは当然朝鮮語を話していたことでしょう。しかし万葉集や、風土記などの記録は日本語で書かれています。八割の人間が使っていた共通言語である朝鮮語が、いつどのような理由で消滅し、そして日本語がどこから湧いて出たのか、このミステリーを説明できない限り、日本は朝鮮人が作ったという説は受け入れ難いものになります。
渡来人は朝鮮半島から来たから朝鮮人だと現代人は勝手に思い込みます。朝鮮人イコール朝鮮語を話す人だと信じます。しかし国家という概念は近代になって成立したものです。古代では、同じ言葉を話す者が仲間であり民族でした。現代の日本で日本語が話されているという事実は、奈良の都の八割を占めていた渡来人の共通言語は日本語だった、ということを示しています。
百済は日本人の国だったのです。支配者は朝鮮語を使う朝鮮人でしたが、庶民は日本語を使う日本人でした。その者たちが大挙して日本に逃げてきました。彼らが使っていた言葉は日本語でした。そのため日本の言葉は朝鮮語にはならなかった、というのが私の結論です。逆に百済に残った日本人はみんな朝鮮人になってしまいました。
朝鮮人は降伏した日本人を差別しました。これが現代まで続く全羅道差別の始まりだろうと推測します。そしてその差別が激しいのは、異民族差別が始まりだったからだろうと思います。しかし同じ民族になって一三〇〇年以上にもなるのです。排除すべき悪習だと思います。

　李起昇　小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』、『鬼神たちの祝祭』、古代史研究書『日本は韓国だったのか』（いずれもフィールドワイ刊）がある。