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2019年11月07日 00:00
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大韓民国の建国史(172)韓国近代化の主体たち 軍・企業家・公務員集団

 韓国の現代史を研究する専門家たちは、5・16革命後の経済発展(工業化)を推進した主体が軍・企業家たち・公務員集団だったということに異議を唱えない。いずれにせよ、韓国が1人当たりの国民所得178ドルを超えるのは、李秉喆の希望よりも3年早い1969年だ。
李秉喆と朴正煕は出身背景や性格、そして趣向が対照的だった。李秉喆は富農出身で性格はさっぱりしエリート主義の方だ。二人は、経済発展を通じての富国強兵と反共体制の確立という大綱には同じ考えを共有することになる。朴正煕で代表される軍部エリートと、李秉喆に代表される企業家たちが呼吸があったことについて当時、韓国経済人連合会事務局長だった金周仁は「軍人たちの焦りと企業家たちの名誉心が相通じたから」と回顧した。
朴正煕などは国民に見せられる工場の建設など具体的な実績を望み、企業家たちは「不正蓄財者」という不名誉を脱するためには一日も早く基幹産業を建設せねばならないと考えたのだ。
この頃、朴正熙は後に外務長官になる李東元(当時、大統領権限代行の秘書室長)に、こんな愚痴をこぼしたしたという。
「有名な経済学者たちに、どうすれば、われわれも豊かに暮らせるのか、と聞いてみた。彼らが言うには、韓国は基本的に農業国家で、資源も技術もない。要するに、経済発展の条件を備えていない、という話だ。李室長、本当に韓国は希望がないのと思うか?」
朴正煕のこの苦しい心境が伝わったときは、一層増幅されただろう。李秉喆の回顧によれば、革命政府は、企業家たちが約束した工場をはやく建てないといい「別途の措置をとる」と脅す実情だったという。ある企業家が、パルプ工場を建てると言ったのに進捗がうまくいかないや、革命政府が「放置しない」と脅すと、彼は怯えて韓国経済人協会の李秉喆会長を訪ねた。
この企業人は、「資金と技術の問題がまだ解決されていないのに、工場を建てないと叱られている」と訴えた。李秉喆は最高会議へ行き、分かりやすく説明して納得させて問題を解決したという。
金立三元全経連副会長は、「企業家たちは外資の導入で工場を建設すると言ったが、できた工場が自分のものと思った人はいなかった」と覚えている。不正蓄財者の烙印を押された企業家たちの中には、物欲よりは子孫に汚名を残さないため、もっと切迫した気持ちで外資の導入、基幹産業の工場の建設のため走り回ったという。金立三は「人は絶体絶命の瞬間に追い込まれれば富より名誉を選択するようだ」と言った。
李庭林大韓セメント社長は延安李氏家の出身だった。彼の8代祖は朝鮮王朝時代の士禍に巻き込まれて苦労をし、遺言が「官職には出るな、家計を立てろ」だったという。李庭林は開城で小学校を卒業し、自力で一家を成したてた人だった。彼は自由党が企業ごとに強制的に割り当てた政治献金を出したことで「不正蓄財者」とされて「先祖を汚した」とし、鬱憤を堪えられず涙を流した。
李秉喆は企業家が革命政府の経済政策をリードするようになった自信感から一歩進んで、民間の外資誘致交渉団を結成した。
61年11月、李秉喆を団長とするアメリカ交渉団と、李庭林を団長とする欧州地域交渉団が出国した。李秉喆は、米国の企業家たちに「今後10年間20億ドルが必要だ。その内13億ドルは外資で調達せねばならない」と説明した。(つづく)

2019-11-07 3面
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