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2019年10月17日 00:00
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キスン便り<第4回> 挨拶の言葉が持つ意味

李起昇

 私は二十四歳になるまで韓国語を全く知りませんでした。二十四の時に韓国に留学、それから出来るようになりました。日常会話に困らなくなった頃、「アンニョンハシムニカ」は「こんにちは」ではないと、気がつきました。「アンニョンハシムニカ」は「こんにちは」に相当する言葉です。両者は異なる概念でした。
「アンニョンハシムニカ」を漢字混じりで書くと「安寧ハシムニカ」になります。意味は、「安寧ですか?」になります。これは疑問文であり、問いかけです。「安寧」というのは心が穏やかである、ということです。
挨拶の言葉を直訳することで、初めてその国の文化が見えてきます。その国の人間の最大関心事が挨拶の言葉になるからです。
イギリスでは「Good morning」といいます。いつも霧が出る天気の悪い国だから、良い天気に会うと嬉しくて、つい道行く人に声を掛けてしまう、という光景が目に浮かびます。イギリスは天気が悪いから「Good morning」が挨拶の言葉になりました。
日本では「お早うございます」です。自分と同じように朝早くから野に出て働いている者がいる、というのが日本人の最大関心事だったわけです。この言葉一つで日本人は昔から皆が勤勉だったということが分かります。
韓国では「安寧ハシムニカ?」と相手のことを心配しています。李朝の時代、韓国は両班同士が儒教を口実にして派閥争いに必死でした。粛清や暗殺など、敗れた派閥には死が待っていました。
今はもう無くなりましたが、一世の時代はコリアンタイムという言葉が使われていました。民団で集まりがあるときは、先ず時間通りには始まりません。みんな遅れて来るからです。そんな、約束の時間に遅れることをコリアンタイムと言いました。
若い頃の私は、一世の奴らはどうしようもない奴らだと腹を立てていましたが、しかし考えてみると、遅れることにメリットがあるから人は遅れるのです。だから韓国人もビジネスの時には遅れません。なぜなら遅れないことにメリットがあるからです。ならば、一世の時代までの韓国人には、約束に遅れることでどんなメリットがあったのでしょうか?
李朝時代は派閥の会合がよくありました。親がその派閥に属していれば子もその派閥になります。いつの時代も多くの者はノンポリです。命をかけてまで主義主張に殉ずるのは少数派です。会合に出たくはないけれど、出ないと村八分にされるし、しかし出ると反対派の襲撃に遭うかも知れません。運が悪いと殺されてしまいます。で、コリアンタイムです。一時間遅れたとしても参加すれば、とにかく出席したということで言い訳が出来ます。しかしそれまでに反対派に襲撃されていたなら、遅刻したことで命拾いが出来ます。それで韓国人は時間を守らなくなりました。命がけで遅刻をしたのです。
若者は現代をヘル、チョソン(地獄のような朝鮮)といいますが、李朝時代は現代とは比べものにならないぐらいの本物のヘルチョソンでした。「安寧ハシムニカ?」にはこうした歴史的背景があります。だから「心は安寧か」と聞きながら「無事か?」「命はあるか?」ということを確認していたのです。
人々は常に命の心配をしていたので、その言葉が挨拶の言葉になりました。「お早うございます」とはかけ離れた文化がそこにはありました。
勿論、現代の「アンニョンハシムニカ」に「生きてるか?」という意味は希薄です。「元気?」という程度の感覚しかないでしょう。ですから「こんにちは」の感覚で「アンニョンハセヨ」といっても、思い(言霊)は通じます。
李起昇 小説家、公認会計士。著書に、小説『チンダルレ』、古代史研究書、『日本は韓国だったのか』(いずれもフィールドワイ刊)がある。

2019-10-17 5面
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