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最終更新日: 2017-11-22 00:00:00
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2017年10月18日 00:00
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大韓民国の建国史(87)戦争中も国作りの土台を築いた李承晩 

洪熒 本紙論説主幹

 「釜山政治波動」と呼ばれるこの事件は、単なる権力闘争ではなく、韓国に適した権力構造が何かをめぐる対立と、戦争政策をめぐる韓米間の葛藤が重なっていた。李承晩の行動を、今日の先進国を基準として納得できないという非難もあるが、当時の韓国は、戦争を通じて国家を形成中だった。政党政治はまだ無理だった。このような状態で、前近代的で貴族勢力化した国会議員らが、彼らの権力拡大を狙った内閣制を韓国に適用できただろうか。後の韓国現代史を見れば、国民が大統領直選制を支持したのは明白で、内閣制の試みは正当化できない。
米国もこの点を知っていたため、李承晩排除を諦め、彼を「醇化」することに政策を変えた。米国は李承晩を引き下ろそうとしたものの、野党の内閣制改憲については否定的な考えを持っていた。
中共軍が参戦したため、米国は戦争を休戦で収め、分断を既成事実化しようとした。これに反発した李承晩は、北進統一を主張。米国は自国の戦略と政策を実現するため、自分たちの影響力が及ぶ国会を利用して、李承晩を放逐しようとした。しかし李承晩は、戦争中に施行された地方議会選挙を通じて、国民が圧倒的に自分を支持していることを確認した。
李承晩は、休戦を阻止し、北進統一を達成するためには、大統領直選制改憲で、自分が大統領職を続けねばならないと主張した。北進統一論は、韓国より日本を中心として樹立された、米国の東アジア政策に対抗する新生国の指導者・李承晩の武器だった。
休戦は分断の固定化、つまり韓国への「死刑宣告」も同然であると危機感を覚えた李承晩は、休戦に強く反対。早期停戦を急ぐ米国と正面衝突した。米国のメディアは、李承晩を「ナイフを抱いて踊る老いた意地っ張り」とするなど、あらゆる悪態をついた。
李承晩の休戦反対の論理は、1952年5月19日の全米市長会議の録音演説によく表れている。李承晩は「共産侵略は、われわれがそれを完全に敗退させるか、われわれが敗退するかのどちらかで、その間に妥協的な解決策はあり得ない」、「90万の共産軍が北韓に残れば、それは共産側の勝利」と主張した。李承晩は「安全保障協定の締結と、われわれに銃を一丁くれれば、米国の青年一人を救える」と、米国を圧迫した。
だが、米国をはじめ参戦国の圧力で大勢に逆らえなくなると、李承晩は、韓米相互防衛条約を勝ち取る方に戦略を修正した。「名誉の休戦」を掲げて大統領に当選したアイゼンハワーが1953年1月、就任した。ジョン・ダレス国務長官、ジョセフ・コリンズ陸軍参謀総長など米国指導部は、李承晩が求める韓米相互防衛条約に拒否感を抱いていた。米国は、一日も早く、韓半島から手を引きたかった。そのため米国は、李承晩をなだめるため、次のようなカードを用意した。
「米国は休戦後、米軍を沖縄に撤退させる(韓半島から手を引く)。国連参戦国16カ国が共同で韓国の安保を保障(国連の権威で戦争の再発を抑制)し、もし敵がまた侵略してきた場合、戦争を韓半島に限定しないという内容の大制裁宣言を公布する。韓国軍を20個師団に増強する(韓国は自力で守れという意味)。
アイゼンハワーは1952年5月25日、米国の立場をエリス・ブリッグス駐韓米大使とマーク・クラーク国連軍総司令官を通じて李承晩に伝えた。李承晩は、アイゼンハワーの提案に、協調を約束できないと答えた。(つづく)

2017-10-18 3面
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