「さあ、まさ子。これを食べなさい。おまえのような病人にはこれが一番だ」
彼女はひと匙口に入れてみて、美味しいのか、一息に全部飲み干した。
「あら。すっかり座りこんじゃって」
「お母さん、どこに行くの?」
背負袋を手にした母親に、花子が尋ねた。
「夕食の買い物に行くの。あんたは夕ご飯の仕度でもしておいて」
母が出ていくと、まさ子が妹を呼んだ。
「花子」
「お姉さん。何?」
「歯磨き粉と歯ブラシを持ってきて。それから、お風呂の湯加減を見てね」
まさ子は部屋の中で歯を磨いた。
「柳さん」
「うん?」
「歯を磨いて匂いを消しちゃったから、キスしましょう」
「ちょっと待て。ぼくも歯を磨いてきれいにしないとな」
私は彼女と長いキスを交わした。
「お姉さん、お湯はちょっとぬるいけど、お姉さん一人だとちょうどいいわ」
「そう、行くわ」
まさ子が私を眺めた。
「一緒に行きましょう」
「うん、そうしよう」
私は彼女とともに風呂に入った。
まさ子の体はひどかった。裸の彼女の姿は気の毒で見るに忍びなかった。彼女の体はすっかり痩せこけていた。
「まさ子、ほんとにすまない。おまえの体がこうなるまで、ぼくのことを思ってくれていたんだから、さぞかし辛かっただろうね?」
「辛かったけど、会いたかったわ。それで毎日、母に頼んだの。あたしが死ぬ前にたったの一度でもいいから会わせてちょうだいって。そしたら母は、自分が話してみて柳さんが来なかったらそのときはあんたは死んでしまう、そんな決まりきったことを知っていながらどうして話しに行けるの? そう言うのよ。今日はあたしがあまりにねだるもんだから、やっと仕方なしに出かけてくれたの」
「人が死ぬかもしれないというのに、泥棒でもあるまいし、やってこない者がいるか?」
「行かないという母を恨むわけにもいかないし。あなたってほんとうに意地っ張りなんだから」
「意地を張るにも時と場合がある。人が死ぬかもしれんときに、何の意地か?」
「そんなあなたが、どうしてあたしをこんな目にあわせたの?」
「おまえがこうなるとは夢にも思っていなかった。もうそれくらいにしなさい」 |