そしてこう言った。
「体を洗うのならお風呂に入ればいいのに、なぜ水を浴びているの?」
「熱を冷やしてるんだよ。おまえもどうだ」
水を汲んで、まさ子の頭の上にザアッとぶっかけた。
「ああ、冷たい!」
「おまえも熱を冷やさないといけないよ」
「嫌な人ね」
と言うと、まさ子はまた部屋に入ってから、手拭いと替えのサルマタを持ってきた。私が着替えると、まさ子は自分の着更えた腰巻と一緒に濡れたサルマタを持って井戸のほうへ行った。
部屋に戻って彼女のいぬまに私は身につけた服をただし、時計を見ると一二時一〇分前だった。一〇時半に戻る予定の人たちが、一二時近くなっても帰ってこない。
だが、私を信じ恋い慕い、とても愛してくれる彼女の誠意を考えると、そう簡単に無碍にすることもできない。ともかくまさ子のほうから自分で退くように仕向けたほうが得策だ。私は一時的にしろ、彼女の気持を鎮めるために、「まさ子」と呼んだ。
彼女は返事の代わりに濡れた目で私を見返した。
「まさ子、すまん。おまえも、ぼくが男としてまともな体であることがわかったと思うが、今この健康な体でおまえの気持ちを受け入れることのできない気持が、ほんとうに辛い。それもそれなりの訳があるんだ。わかってほしい」
そのとき、主人が玄関の戸をガラガラと鳴らし入ってきた。
「まさ子、今晩どうだった?」
「何がですか? 皆さん、さようなら」
その後まさ子は、工場のほうには姿を見せなくなり、時おり轆轤室で喋っては帰っていった。それでも、家は工場とくっついているから、ときどき顔は合わせた。
「なぜ、この頃工場に出てこないんだ?」
彼女は何も言わずに、私の手を払って、家の中に入った。
それから後は、まさ子はまったく姿を現さなくなった。なぜか私はひどく寂しかったが、何とか忘れてしまおうとした。そして、仕事の終わる夕刻になると、退屈なので黄金(ファングム)遊園に行って時間をつぶしてから帰った。
黄金遊園(現乙支路四街)の中に「黄金館(後の「国都劇場」、現国都ホテル)」という映画館があった。黄金遊園の右側(西側)に、狭い小道があるが、当時はその道幅が二〇メートルもあった。その道を中心にして南側には「光武劇場(劇場とは映画館のこと)」があった。そして、その北側の道の角にさらに映画館がもう一つあったと記憶している。 |