日本人女性、まさ子(六)
とにかく彼女の心を外さなければならないと思い、
「まさ子さん」
「……」
答えはなかった。
「まさ子さん」
今度は目で答えた。彼女はちらっと、一度私のほうを見た。
「どうして返事がない? これも奉仕なのか?」
まさ子がついに口を開いた。
「奉仕が好きなようね」
「ぼくが好きなんじゃない。おまえがそう言ったじゃないか」
「でも、奉仕にも限度があるわ。そんなことを言われるとどうしていいか……」
まさ子は言葉尻を濁して、笑顔で私を見上げる。再び彼女の頬に、えくぼができる。
「かわいいね、このえくぼ」
私は彼女の両頬を挟んで揺すった。まさ子は真面目な顔になって、私の手を払った。
「やめてちょうだい」
「なぜ? 頬が減るとでも言うのかい?」
「そうじゃないわよ、なぜウェニョの頬に触るの?」
私はぎくりとした。
「まさ子、倭女と言われるのがそんなに嫌なのか。それなら謝るよ」
「何ですって? 謝る? 罪を犯しながら、謝ればそれですむとでも思うの?」
「謝っても駄目か。じゃ、屈服して罰を待つか」
「誰があなたにそうしてって言ったの?」
「いや、どうしたらいい?」
「これからはウェニョとだけは言わないで」
「それが、そんなに辛いのか」
「あなたは無意識に言ったけど、あたしには侮辱に聞こえるのよ。ほんとうに、嫌な言葉」
「そうか、倭女と言われるのがそんなに気に障り、侮辱されたというなら、ぼくにだって言いたいことがある。ほんとうは言いたくなかったが、無意識に一言発したことを君が根にもって言うんだから、ぼくも人間である以上だまっていられない。これは説明をするまでもなく、初めから優越感をもってぼくたち朝鮮人を頭から馬鹿にし出したのはおまえたちのほうじゃないのか。おまえたち日本人は、チョーセンジン生意気、チョーセンジンしょうがない、チョーセンジン汚い、ヨボ(ヨボはもともと夫婦間の呼称として使われる言葉だが、日本人が朝鮮人を卑下した言い方。君、おい君として使われた)、ヨボさんなどと言うのが口ぐせになってる。これが侮辱でなくて何だ? ぼくがおまえ個人に倭女と言ったのと、おまえたちが朝鮮人全部に向ってチョーセンジンと言ったのとを比べてみな。ぼくたち民族全体の感情はどうなる? さあ、おまえも同じ人間だから、公正な答えを言ってみな」 |