李春根
8月5日(現地時間)、国際的な信用評価会社のスタンダードアンドプアーズ(S&P)がアメリカの国家信用等級を一段階格下げした。S&Pは、米国の財政赤字への憂慮のため国家信用等級を「AAA」から「AA+」に格下げすると発表した。S&Pが米国の長期信用等級を「AAA」から一段階下げたのは、1941年S&Pが設立された以後初めてだという。米行政府はこれに強力に反発したが、S&P社は「追加の格下げもあり得る」と米国政府の反発に対応した。直ちに全世界が大騒ぎした。完璧な安全資産と看做されてきた米国債の信用等級が格下げされたから米国債に投資した世界各国が慌てざるを得なくなったためだ。
この国際情勢解説が論じようとする主題は米国の経済や金融状況でなく、政治、軍事、戦略的な側面での米国の覇権の行方に関することだ。この主題を論じる別の理由は、米国の信用等級評価が及ぼす効果に対する韓国主要言論らの分析が相当誇張され、間違った方向に報道されたと感じられたためだ。
S&Pが国際信用評価においては非常に権威のある会社であることは確かだが、米国会社の一つに過ぎず、その会社の評価が絶対的な権威を持つわけではない。また、その会社がある国の信用等級を降格させるか格上げしたかでその国が敗亡するか繁盛するのでもない。にもかかわらず、S&P社の米国信用等級格下げ発表を伝える韓国の月曜日の朝刊新聞らのヘッドラインは米国が直にも滅びるかのように描写している。「ドル帝国の没落」という題名が登場し、米国がドルはもちろん、軍事力と国家ブランドも墜落するという意味の「米3大覇権、聖域が崩れた」という題名さえあった。
韓国の言論出版界では、米国の「没落」に関しては何かセンセーショナルな題名を付けてこそ読者の関心を引けるという考えが彭湃しているようだ。例えば、How the West was Lost (西洋はどのように負けたのか)という本は「米国が破産する日」という刺激的な題名で翻訳出版された。米国の没落を誇張することとは逆に、米国の覇権が持続するという主張、あるいは米国の圧倒的国力が証明されている事件に対してはその意味を縮小するか面白くなく報道する風潮が蔓延している。例として、米国は21世紀にも世界を指導する1位の国家として残るというジョセフナイ教授の1990年版著書のBound to Leadの韓国語翻訳版は「21世紀米国のパワー」という無色無臭の題名で出版された。この本の日本翻訳版が「不滅の大国、アメリカ」という題名で出たのとは実に対照される。
米国の軍事力は軍事費基準で世界全体軍事費の半分に達し、軍事専門家たちは米軍事力を世界第2位に該当する国家の軍事力の10倍以上強大なものと評価する。韓国新聞の報道と違って、米国が年7000億ドル程度の国防費を今後10年間総4,000 億ドルを減らすという事実を米国の軍事覇権の没落とは言えない。アフガニスタンとイラク戦争に投入される米国の戦争費用は年1200億ドル程度だが、このため米国が揺らぐとも言えない。イラクとアフガンの戦費は米国GDPの1 %にもならない金額であるためだ。米国の現在の国防費はGDPの4%程度だ。韓国戦争当時米国の国防費は米国GDPの12%程度だったから、韓国戦争が米国経済に与えた負担はイラクとアフガン戦争の3倍に達する。2次大戦当時米国の国防費はGDPの35%だった。
米国の覇権が没落すると主張する人々は、過去には米国が強大だったのに、今は米国の力が以前より劣ると言う。過去の米国は為せないことの無いスーパーパワーだったが、今はそうでないということだ。2次大戦後の1945年以降数十年間米国が強大な大帝国だったと信じる人々は、1949年中国大陸の共産化を防げなかった米国、韓国戦争(1950-1953年)で勝てなかった米国、1957年ソ連が人類歴史上初の人工衛星を発射し、そして1961年ソ連のユーリ・ガガーリンが人類史最初に宇宙人になった時狼狽した米国の様子、1959年鼻の先のキューバが共産化されるのを防げなかった米国、1975年ベトナム戦で敗北した米国、自国の将校が斧に殺されたのに(1976年8月18日板門店で北韓軍による米軍将校2人斧殺人事件)やっとポプラの根元を切ることで腹癒せをした米国の姿を覚えているのか?
米国が去る数十年間絶対的覇権国だったと考える人々は、1978年ソ連の軍事力が米国より強大で、ソ連の経済力(当時のGNP基準)は米国の48%に達し国力の総合評価(Ray S. Cline, World Power Trends and U.S Foreign Policy for the 1980’s、Westview Press,1980年刊行)でソ連は458点、米国は304点でソ連にかなり及ばないことになったこともあったという事実を記憶しなければならない。
大勢の人々が日本が次世代の覇権国だと言い日本に倣えと叫んだのがそう遠い昔のことでない。日本が米国に代わる覇権国という論理が次第にそうでないことが判明するや、人々はヨーロッパ連合が米国に代わると主張した。それも不如意になると今は中国が米国に代わる次世代の覇権国という主張が大流行だ。
2010年現在、次世代覇権国と言われる中国のGDPは米国の40.1 %に過ぎない。日本経済がすでに下落し始めた1995年の日本の名目GDPは米国の71 %に達したことを想起してみよう(米国のGDP7兆4140億ドル、日本GDP5兆2640億ドル、IMF World Economic Outlook資料による)。米国人口の40%にも及ばなかった日本のGDPが米国の71%に到達したのだ。現在の中国の人口が米国の約5倍という事実を考慮する時中国のGDPが米国の40%にすぎないという事実が真に意味することは何だろう? 米国の国防費は2010年現在6,610億 4,900万ドルで中国の国防費703億 8,100万ドルの9.4倍に達する。
2位とどれほど差が生じてこそ1位の国を超強大国あるいは覇権国と呼べるだろう? もちろん客観的な基準はない。せめて最も客観的なGDPと軍事費を基準とする場合、米国は過去どの時よりも強大な覇権的地位を享有している。
われわれがさらに誤解していることがまたある。米国が没落したら中国が1位になるという19世紀的考え方がそれだ。今米国が経済的あるいは軍事的に没落すれば、米国よりもっと早く破綻状況になる国が中国をはじめ米国市場を踏み台として輸出主導型の経済発展をなした国々である筈だ。米国が滅びる筈もないが、滅びると仮定しても中国が1位になることは決してないし、韓国の対中国輸出額は半分以上消えるかも知れない。
今の世界は19-20世紀のようにゼロサムゲームの論理が支配する所でない。今日の世の中は米国がふらつくと他の国々が先に倒れるかも知れない、米国が建設し米国が決定的な中心軸の役割を担当している、相互依存的な世界化の時代であるのだ。なのに、韓国の言論をはじめ多くの識者は米国の没落が中国の浮上に帰結されるものと考えている。
* この文は韓国経済研究院の国際情勢解説欄に掲載したもの(8月8日作成)です。
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