趙甲済
青瓦台(大統領府)が言論に配布する各種人事資料に出生地と高等学校などを記載しないことにしたという。金姫廷青瓦台代弁人(右写真)は5月17日、出生地と高校が明示されていない次官および次官級の人事内定者資料を配布しながら「学縁と地縁よりは能力と経験を重要視するという意味で人事資料に変化を試みた」と言いこう発表した。
人格の基礎が形成される高等学校と故郷は人間の自我を作る主要な要素だ。人間のアイデンティティが故郷と高校で作られるとも言われる。最もふつつかな人間は故郷と出身高校を隠したり騙す者だ。高等学校と故郷は、姓のようにいくら山里でも、いくら卑賤な学校でも消すことも隠すことも騙すこともできない人間の条件だ。自分の出身を恥ずかしく思う人間は、自分の出生を恥ずかしく思う人間同様に必ず社会と国家を憎悪する。
人間にとって学縁と地縁と血縁は大切だ。隠そうとして隠されるものでもない。こういう縁故を乱用する人々もいるが、絶対多数は人生の大事な資産と思う。学縁を隠すため出身高等学校を消し、地縁を隠すため出生地を消すなら、血縁を隠すため姓を消さねばならない。全国の同窓会や同郷会を解散させねばならない。
車両のナンバープレートから地域を消した政権があった。文明国家で車籍地表示のないナンバープレートは韓国だけであろう。番号化された存在は人間性を失うことになる。ナチはユダヤ人収容所で収容者らを名前で呼ばず番号で呼んだ。自分の故郷を隠したがる者らが他人の故郷まで消す。自分の居住地を誇らしく思うことが愛郷心であり愛国心だ。「ふつつかな人」はいるが、「悪い故郷、高校、家」はあり得ない。
伝統と歴史を抹殺しようとするこの青瓦台のこういう様態は基本的に左傾だ。真に教養のない行動だ。李明博大統領も浦項と同志商高出身であることを恥ずかしく思うのか? 無知なことをやって何か改革でもやったように自慢する代弁人もまったく国格にそぐわない。
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