ログイン 新規登録
最終更新日: 2024-05-15 06:23:21
Untitled Document
ホーム > 自由統一 > 自由主義保守派の声
2010年07月28日 00:33
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
韓国戦停戦とベトナム戦停戦の差
ベトナム戦争の平和協定で駐越米軍は撤退したが、南ベトナムにあったベトコン軍は撤退しなかった。米軍は韓国に残り、北韓では中共軍が撤収した。
趙甲済
1973年1月のベトナム戦のパリ平和協定と19537月の韓国停戦協定は違う点が多い。
 
1
.パリ停戦協定で駐越米軍は撤収したが南ベトナムにあったベトコン軍は撤退しなかった。
2.米軍は南韓に残ったが、北韓では中共軍が撤収した。
3.ベトナムでは北緯17度線が軍事境界線として守られなかったが、韓半島の休戦線は守られた。韓・米同盟が頑強だったためだ。ベトナムでは17度線の管理をベトコンと北ベトナム軍が掌握した。
4.休戦後韓国では李承晩大統領の権力が強化されたが、南ベトナムではティウ政権が弱化した。
5.ベトナム戦ではニクソン大統領が南ベトナムの防御を空約ばかりしたが、李承晩は韓・米相互防衛条約を結んで防御約束を強制化した。
6.停戦協定後アメリカは南ベトナムから手を引いたが、米国は韓国をもっと深く支援するようになった。
 
こういう差を齎した最大の原因は、韓国には李承晩があったが、南ベトナムには無かったという点だ。 

www.chogabje.com  2010-07-27 09:55

*写真は李承晩建国大統領

뉴스스크랩하기
記事: 洪? (hyungh@hanmail.net)  
この記者の他のニュースを見る
自由主義保守派の声セクション一覧へ
尹大統領、就任2周年記者会見
金永會の万葉集イヤギ 第9回
金永會の万葉集イヤギ 第10回
都内で情報技術展開催
東京韓国学校が70周年
ブログ記事
マイナンバーそのものの廃止を
精神論〔1758年〕 第三部 第28章 北方諸民族の征服について
精神論〔1758年〕 第三部 第27章 上に確立された諸原理と諸事実との関係について
フッサール「デカルト的省察」(1931)
リベラルかネオリベか
自由統一
金正恩氏の権威強化進む
北韓が新たな韓日分断策
趙成允氏へ「木蓮章」伝授式
コラム 北韓の「スパイ天国」という惨状
北朝鮮人権映画ファーラム 福島市で開催


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません