趙甲済
李明博氏を大統領にした支持者らがこの頃私席で批判する言葉をこの場にそのまま表現はできない。要約すると、背信者、臆病者、商売人だ。こういう批判を論理的文章で構成してみるとこうなる。
<李明博大統領は、左傾および馬鹿騒ぎ勢力の機嫌を取るため、国家の権威と法治の原則を傷つけることで、多数国民を無法者らに供え、自分だけの安全を図る人だ。>
昨年「ロウソク乱動」の時、警察は青瓦台(大統領府)への道を遮断して大統領を保護するため光化門一帯を完全に暴徒らに明渡した。そしてその周辺に住む市民らに言葉で言えない程の苦痛と損害を与えた。今も、青瓦台周辺に警察が集中的に配置され、大統領一人を保護する間、街頭では善良な市民らが屑拾いのような左傾馬鹿騒ぎ暴徒らに随時殴られ侮辱を受ける。
金海の盧武鉉前大統領の喪家では、国会議長が盧武鉉支持者らから辱めに遭うのを、警察官らが保護どころか見物だけした。今、警察は大統領一人だけを保護すれば良いと考える。他の市民らが暴徒にやられるのを止めたり暴徒らを逮捕しようとしたら、言論や野党から攻撃され、「龍山放火事態」で見たように、大統領も自分たちを保護してくれないと考えるため、見物のみか止める役割だけをしようとする。
国民は、もはや、警察や大統領が自分たちを保護してくれる意志も能力もないと信じる。
政府が自分たちを護れないことが分かると、国民は暴力勢力に屈服する。保守新聞らが最近そういう態度を見せた。記者たちが左傾暴徒らに有利な記事を書く理由の一つは、そうしないと、取材の現場で辱めに遭うからだ。
李明博大統領は、法秩序の確立に失敗している。彼は今、左右が互角に対決しながら、不法と暴力が日常化する南米化の道を開いている。李明博大統領がこのような法秩序の崩壊に対して言う言葉は、「残念だ」という式だ。悪党らを断固として制圧して善良な市民たちが安心して生業に従事できるようにして上げねばならない大統領が、論評家や論説委員のような言葉や文を出す。
今度の盧武鉉前大統領の自殺と「国民葬時局」で、李明博大統領は国家と法治の原則を何度も放棄した。
1.彼は、この事件に対する政府の立場を一度も直接説明しなかった。盧武鉉側が提起した主張ら、例えば捜査が政治報復だったという主張に対しても対応しなかった。政治では反論されないと嘘まで真として通る。
2.李明博大統領は、盧武鉉側が提起した主張が正当だと国民が考えるように行動した。法務長官が自殺後数時間内に急いで捜査の終結を宣言し、遺族たちが「家族葬」で葬儀を行おうとするのを、あえて引き止めて「国民葬」に決めたのは、国民に政府が誤ったことがあるから、あのように弱く出ると思うようにした。李明博大統領が大韓民国という国家の代表なら、当然自殺した刑事事件の被疑者がなぜ国民葬で葬られるべきなのかを国民に論理的に説明せねばならなかった。
3.「国民葬」の期間中繰り広げられた法秩序破壊行為に対して、李大統領は沈黙した。大統領が送った弔花が喪家で踏みにじられたのを見ても遺憾表明の一言もいわなかった。国会議長や野党総裁が喪家で辱めに遭うのを放置した。放送が凶悪な扇動放送で自殺した刑事被疑者を英雄にし、その側近らの李明博政府に対する極端な非難を生中継しても抗議の一言もいわなかった。李大統領は、不義と不法を見ても怒れない人、最小限の自尊心もない人になってしまった。今日の告別式で彼が献花中に揶揄される場面は、「自分を護れない人が、国民をどう護るだろうか」という本質的疑問点を残した。
4.李明博大統領が、何か罪を犯した人のように怖気づいた姿勢を見せるから、ハンナラ党と警察も追従している。国家は盧武鉉氏の自殺を、前職大統領の自殺だけでなく、起訴直前の刑事被疑者の自殺としての性格規定を明確にすべきなのに、後者の側面を全く触れないから、言論も一方的な美化と哀悼ムードの造成に注力した。国家理性が大衆の感傷に圧倒されてしまった。
5.李明博大統領は、KBSとMBCなど放送の偏向的で扇動的な報道から、国民の精神健康を護り抜けなかった。彼が、鄭淵珠前KBS社長を追い出し新しく任命した人は、国が難しい時、国民のために全く役に立たなかった。政権が放送を掌握したのでなく、放送が政権を掌握してあっちこっちへと引きずり回る格好だった。
6.李明博大統領は、対決せねばならない時駆け引きをし、国家の立場を明確にすべき時ごまかし、叱るべき時に謝る人間になってしまった。彼は3度も国民を裏切った。昨年「ロウソク乱動」の時、今年初の「龍山放火事件」の時、そして今回。彼は法を守りながら黙黙と生業に従事する人々を保護しようとせず、法を犯し嘘をついて暴力を振るうのを専門とする勢力に媚びた。そうするため、彼は国家の体面と法の原則を崩した。 国家や憲法に対する赦せない背信行為だ。
7.こういう行為の原因は、李明博大統領の勇気の不足だ。金正日は命をかけて襲い掛かり、盧武鉉前大統領は命を捨て、左傾暴力勢力は悪辣に出ている。ところが、李明博大統領は対決を避けようとする卑怯な姿を見せる。北韓軍がいつ武力挑発をするか分からないのに、李大統領は今日も開城工団へ数百人の韓国人を送り込んで潜在的人質に捕らえられるように放置している。自国民を保護する決断すら下せない人が、如何にして命を賭けた金正日とその追従勢力の挑戦から韓国人を護り抜けると言えるだろう? 「主敵」が命を賭けると、われわれも命を賭けてこそゲームになるのではないか?
8.大韓民国の大統領という職は、駆け引きをして協商するポストでもあるが、本質的に対決して闘争する職責だ。韓国は北韓政権とまだ戦争中の国であるからだ。したがって、李明博大統領は命をかけなければならない。歴代大統領たちはみな命をかけた人々だ。「死即生」する勇気が無かったなら、当初から大統領職を狙うべきでなかった。
9.李明博大統領が言う実用は、理念を離れた実用、法治を離れた実用、すなわち便法に過ぎないという事実が明らかになった。理念で武装しいつでも命を捨てる覚悟ができている革命勢力と対抗して、大韓民国の自由を護らねばならない人が、便法で危機から逃れようとする。命をかける勇気がなければ下野する道がある。大統領中心制が5年の任期を規定しているが、中途下車まで禁ずるわけのではない。大統領が下野しても60日以内に新大統領を選出すれば良い。憲政の混乱を心配しなくても良い。
10.彼は何度も自らの財産を社会に還元すると約束したが、未だそのままだ。財産を捨てる決断が難しいから、命を賭ける決断はもっと難しいはずだ。指導者にとって勇気は全てだ。いくら勤勉でも、いくら頭が良くても、いくら人が良くても、決定的瞬間卑怯になる魂は、その全てを無効にする。
11.盧武鉉は命を捨て、金正日は命をかけて襲い掛かるのに、大韓民国大統領の李明博は命を惜しみながら勝てる方法があるだろうか? ある。国家の力を動員することだ。憲法は、大統領が国家の力を動員する時に使う鍵だ。李明博大統領が国家の存在意味を深く認識し、法の通りにやれば命を捨てなくても済む。法の通りやるためには、理論化された信念、すなわち理念が必要だ。彼には理念的勇気が必要だ。
12.金大中や盧武鉉前大統領は、30~50万票の差で当選した後、世の中を自分たちの理念とおり変えた。李明博大統領は530万票の差で勝ったのに、まだ政権もまともに引受けられなかった言われる。理念で武装され人と理念を放棄した人の差だ。勇気が足りない人には、下野も一つの決断だ。辞めたくなかったら、国家を背負い、理念を着なければならない。
|