趙甲済
盧武鉉政権の時、国家情報院は、1973年の金大中拉致事件を再調査して拉致の全貌を明らかにした。この再調査報告書の中には金大中前大統領に不利な内容も多い。特に、金大中氏が亡命生活中、アメリカおよび日本の政界、学界、マスコミ界の要人らに会って、「朴政権を打倒するため対韓援助をしないことを要請した」という要旨は致命的だ。当時、韓国は北韓政権の威嚇に対抗して、重化学工業と自主国防力の建設に資源を総動員していた。石油危機も近づいていた。こういう時期、政権が憎いからといって、国家と国民多数に害を及ぼす対韓援助中断をアメリカと日本に要請したという事実は、「売国的」と批判されてもて言える言葉がない。
南京虫を捕るため、草屋のわが家を焼き払うという無謀な考えだ。金大中氏は、政権と国民を区分もできなかった。彼が進めた「太陽政策」がそうであった。金正日政権と北韓同胞を同一視し、金正日政権を助けることが北韓同胞を助けることだというでたらめの論理に執着し、対北むやみな支援をしたあげく、結局は金正日政権の核とミサイル開発を助けた。国家情報院の報告書は、また金大中氏が、「私が執権すれば、『南北連邦制』と『大衆経済』を具現する」と発言したと記録した。南北連邦制は明白な憲法違反だ。1970年代のこういう反国家的統一観が30年後の「6.15宣言」2項に具体的に具現され、今日韓国に親北左翼勢力の拡大を招いたのだ。
国家情報院の過去事調査報告書のある件を紹介する。
[上記のように、拉致事件発生前の金大中の反維新活動を調べると、
「非常戒厳宣言を通じての維新憲法の公布と関連して、朴大統領を独裁者だと規定し、永久執権のための反民主的措置だと猛烈非難したし、
アメリカおよび日本の政界、学界、言論界などの有力者らと接触し、独裁政権打倒のため(対韓)援助をしないように要請し、特に「韓民統」組織を結成して連邦制統一方案などを主張したのと関連して、中央情報部は、反維新活動を組織化して反政府闘争を敢行するための不純団体の構成を図っていると朴大統領に報告。
また、記者会見および各種講演会などを通じて、韓国は経済危機であり朴政権はまもなく滅びるはずで、『海外僑胞(海外居住韓国人)と連帯して朴政権打倒運動を展開しよう。北韓はパンはあるが自由がない。韓国はパンも自由もない。朴政権は、国際的孤立と権力層の軋轢で長続きしないだろう。私が執権すれば、南北連邦制と大衆経済を具現する。アメリカは、対韓援助を中止し、朴政権の独裁を阻止するため直接介入しなければならない。
10月維新は政権延長の口実であり、朴政権は徹底した情報政治を以って政権を維持している』などの強硬な発言をしたが、この報告を受けた朴大統領と李厚絡は当然対策に腐心したと判断される。」]
アメリカが韓国に対する援助を中断し、独裁を阻止するため直接介入せよ、と促した態度は典型的な事大主義的根性の発露だ。外勢の介入を招いた話だ。1970年代の韓国と北韓を比較して、韓国を北韓よりもっと劣るところとして卑下した金大中氏のゆがんだ祖国観が、「6.15詐欺-反逆宣言」を産んだのだ。
1970年代の韓国は、朴正煕大統領の指導力で、二度の石油危機を「転禍為福(災いを転じて福と為す)」の契機にして、自主国防、重化学工業建設、新しい村運動、中東進出を通じてまぶしい発展を繰り広げ、北韓を追い抜き始めた。その時、北韓では金正日後継体制を固めるため金日成の偶像化を強化した。一人の幸福のため萬人が不幸になっていた。このような歴史的流れを無視した金大中氏の祖国に対する蔑みは、自虐史観の極致を見せてくれる。
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