趙甲済
李在教仁荷大法学大学院教授は、数日前、朝鮮日報に寄稿した文で次のように主張した。
<法院の判決と背馳する民主化補償委の決定は、法体系上でも有り得ないことだ。大法院の確定判決によって反国家団体を組織した行為として評価されたことに対し、一介の行政庁に過ぎない「民主化補償委」が民主化運動だと決めることで大法院の判決を正面から否定したわけだ。これは法体系の根幹を揺るがすものだ。法院の判決は、最終的判断であるため行政・立法などすべての国家機関がこれに拘束される。行政府所属の一介委員会に過ぎない「民主化補償委」の大法院判決に背馳する決定は、三権分立の原理に背馳する。
その間、「民主化補償委」の違憲的な決定に対し論難が多かったが、民主化運動関連者でない一般国民がこれを正せる制度的装置がなかった。「東義大事態」の遺族たちが提起した憲法訴訟が却下されたことはそのためだ。その解決策として田麗玉議員が現行30日の職権再審期間を10年に延長する内容で改正を推進している。だが、再審だけでは足りない。委員会が再審を棄却する場合は、対策もなければ違憲的な決定に対して国民が争う方法は依然としてないのだ。行政訴訟法上の民衆訴訟制度を導入せねばならない。違憲・違法な委員会の決定に対し、一般国民が再審を請求し、棄却されれば行政訴訟を提起できるように民衆訴訟制度を導入すれば、違憲的な決定に対して法院の最終判断を通じて正せる道が開かれる。>
金大中、盧武鉉政権が作った超法規的委員会によって最も大きく被害を蒙ったところは司法府だ。大法院が反国家団体、すなわち逆賊だと判断した犯罪者らに対して、一介の行政部署が民主化活動家らと、つまり忠臣だと規定し、国家予算で補償までした。町役場が大法院の判決を覆したのと同様だ。
韓国の司法府、その司法府の独立を護らねばならない大法院長が、最小限の良心と法意識があるならこのような蛮行を見て沈黙するわけにはいかないだろう。ところが、盧武鉉大統領が任命した李容勳大法院長は一言も言わずにいる。李大法院長は喋ることが好きだ。特定の判決に対し辛らつな批判もした人だ。判事らを集めて「裁判は国民がやるものだ」という趣旨のとんでもない発言もする人だ。「権威主義政権」の時の司法府がまともに判決できなかったと謝罪までする人だ。そのような人なら、公開的に「超法規的委員会」の司法府凌辱事態に対し発言すべきだった。国会と政府に対してこういう事態の違憲性を警告し、是正措置を要求すべきだった。
前任大法院長時期の判決に対しは謝る人が、自身の在任期間中起きている事態、つまり司法府が一介の行政機関によってこのように凌辱される事態に対し沈黙している。李在教教授のような人もコラムを通じてこのように嘆き、田麗玉国会議員も危険を冒して問題を正そうとあのように戦うのに、当事者は口を硬く噤んだ。
その理由を推定してみる。
まず、超法規的委員会がやる反憲法的、反国家的行為を積極的に支持する。
二番目、支持はしないが反対もしない。
三番目、支持はしないが、反憲法的勢力が恐ろしくて沈黙を選択した。
争点のある懸案に対して、特に自身の利益が侵害される懸案に対し沈黙することは同意と解釈される。公的分野では反論されなかった嘘は真実として通用する。こういう事実が分からないはずのない大法院長の沈黙は、超法規的委員会の司法府凌辱に対する積極的同意と解釈するのが妥当だ。
それでは、李容勳大法院長は、共産暴力革命と警察官殺傷行為を民主化運動だと思うという話になる。これは明白な憲法違反行為だ。こういう人が、「朝鮮民主主義人民共和国」でなく民主共和国の大韓民国の大法院長としていられるのか? 国会と言論は死んだのか? 大韓弁護士協会は死んだのか?
法意識と良心のない大法院長に司法府を任せておいた結果は、今日の法治の崩壊だ。「ロウソク乱動」および保安法違反事件の裁判で、われわれは国家安保を害し、公権力に挑戦した被告人らを同情し、殴られた警察官たちを敵対視して、大韓民国の正統性を否定する左偏向の判事らの存在を感じる。そのような勢力の後に李容勳大法院長がいるという感じもする。こういう事態を正すため、申暎澈大法官が正常な指導行為をしたことまで「裁判への関与」だと規定し、倫理委に回したのが李容勳大法院長だ。
歴史は、韓国の法治を崩壊させた三人の責任者として金大中、盧武鉉、李容勳氏を挙げるだろう。李容勳氏は国法が恐ろしくないのか?
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公権力を敵対視する左傾判事らがいる!
韓国社会は今2階の構造だ。1980年代に大学校で左傾理念の洗礼を受けた「386世代」が法院、言論、国会、大学社会で中堅核心部を掌握している。彼らが住む1階は左向で、50代以上が住む2階は右向だ。このような断絶現象が社会の隅々で構造的に、世代的に、文化的に生じている。(趙甲済)
今日の朝鮮日報に面白い記事が載った。
法院が、警察官に暴力を行使し、公務執行を妨害した人々に対して令状を発付する比率が、他の事件に比べて3分の1の水準に止まり、「法院が、公権力無視現状を唆している」という批判が出ているということだ。検察によれば、ソウル中央地検が昨年4月から12月まで公務執行妨害事犯439人に対し拘束令状を請求したが、この中で105人(23.9%)にのみ令状が発付されたという。公務執行妨害事犯4人の中3人以上が不拘束状態で裁判を受けたという意味だ。
これは昨年のソウル中央地方の全体拘束令状発付率である67.7%の半分にも至らず、全国基準(75.7%)の3分の1にも満たない数値だ。朝鮮ドットコムによれば、検察関係者は、「法院が、公務執行妨害を軽く処理するから、公権力を無視する現状が増す」、「不法のロウソク集会のような大規模の群衆が集まる場では、警察を一層軽く見て行動する」と指摘した。
警察官などの公務員を殴ることは、国家と法治に対する暴力行使であり、これは共同体の秩序を崩す行為だから、拘束令状発付率が、平均である68%よりずっと高くなければならない。ところがはるかに低い。判事たち中に公権力を敵対視し、暴徒らを同情する人々が多いという推定を可能にする。警察官らを殴る行為をする者ら中には、左翼分子が特に多い。判事たちの中には、左翼暴徒らを特に同情したり好感を持つ人々が多いではないか?
親北左翼が主動した「ロウソク乱動」の時、警察官を暴行した嫌疑で裁判を受けた9人中で1人も実刑を宣告されなかった。「ロウソク乱動」の指導部15人に対する裁判は、半年が超えても1審も終わっていない。この可笑しな統計からは、左偏向された判事たちの存在が感じられる。判事らが自ら法治を崩す行為をするようさせるものは、理念や信念体系、すなわち価値観であろう。
その一例が左翼が主動した「ロウソク乱動」主謀者らに対する一部判事の態度だ。核心主謀者らの中の相当数を判事らが裁判中に釈放した。このような事態に対し申暎澈当時ソウル中央地法院長が判事たちに忠告するや、これに不満を抱いた判事らが外部に告げ口して、左傾勢力が食い下がるようにしたのだ。要するに、今度の事態は、左偏向判事らが左翼暴徒らをかばう自由を引き続き保障されたいと起こしたものではないだろうか?
李容勳大法院長も、人民裁判に似た「国民裁判論」を展開し、司法府を無視した左傾委員会の反憲法的決定に沈黙するなど、法院の左傾風潮に迎合する姿勢だ。韓国社会は今2階の構造だ。1980年代に大学校で左傾理念の洗礼を受けた「386世代」が、法院、言論、国会、大学社会の中で中堅核心部を掌握している。これらが住む1階は左向で、50代以上が住む2階は右向だ。こういう断絶現状が社会の隅々で構造的に、世代的に、文化的に生じている。言論社の50代の局長は保守で、その以下は左傾、部長判事は保守で、その下は左傾、担任の牧師は保守で、副牧師は左傾、大学総長は保守で、教授は左傾という式だ。
もっと大きな問題は、まもなく地下階をなすことになる20代が「全教組」世代という点だ。彼らが育って1・2階が左傾で、3層のみが右傾の社会になると、大韓民国は自由統一をして、一流国家を作るという夢をあきらめねばならないだろう。左傾社会は絶対に先進国に進めないからだ。左傾の理念は、本質的に反自由、反真実、反法治の守旧であるからだ。
韓国社会は「南米化」する素地を抱えている。「南米化」は、左・右の実力が同じくらいで、慢性的な葛藤を生みながら、法治が崩れ、愛国心が失踪して国民教養が壊れる現象だ。こういう南米化は、法治が定着せず、市民の教養のレベルがぜい弱な状態で政商輩や詐欺師らや偽善者らが民主主義を悪用する時生じる。
このような「南米化」を阻止できる特効薬はない。まずは、保守層と政府が死活をかけ、厳しい自浄努力と共に、守旧左翼らを法の通り処理し、自らも率先垂範する道しかない。長期的には漢字-ハングルの混用をもって韓国語を正常化させ、人文学を強化して国民の教養水準を高め、国益を基準として考える国家エリートを養成する道がある。
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「警察官暴行」で裁判を受けた9人の中で実刑は1人もいない
「ロウソク暴力示威」の拘束者44人の量刑を見たら…
警察バスを壊した「槌男」を法院が「善良だ」と釈放
「ロウソク暴力示威」の指導部15人の裁判は半年を超えても1審も終わらず、
李・キルソン記者atticus@chosun.com 郭・チャンニョル記者lions3639@chosun.com
昨年7月26日午後11時50分頃、米国産牛肉の輸入反対の「ロウソク示威隊」がソウル鍾路の普信閣で、ソウル警察庁1機動隊所属の義警2人を拉致し、上着を脱がせて集団暴行した。誰かが石で警察の顔を殴ることまでした。同僚を救いに行った義警たちも示威隊に首や胸倉を捕まれ、げんこつ洗礼を浴びた。
警察は、この日警察官たちを暴行した嫌疑で李某(28歳、考試院総務)氏と呂某(21歳、大学生)氏など4人を拘束した。だが、この4人の中で実刑を宣告された人は1人もいない。李氏は罰金300万ウォンが確定して釈放され、呂氏は不拘束状態で「罰金200万ウォンは重すぎる」として上級法院で争っている。残りの2人は執行猶予で釈放された。
昨年、警察は、「ロウソク示威」で暴れまわった過激示威隊44人を拘束した。この中で警察を暴行した嫌疑の9人は、誰も実刑を宣告されなかった。警察バスを壊したり放火しようとした5人も同じだった。警察に向かって、塩酸瓶を投げたりパチンコで鉄玉を撃った嫌疑で拘束された9人の中5人だけが懲役10月を言渡された。
法院は、概して▲同種の前科がなく、▲被害が軽微で、▲反省しているという理由を挙げて執行猶予の判決を下した。ところが、法院の判決を納得し難い場合も少なくなかった。
日雇い労働者の徐某(46歳)氏は、昨年の6月20日、世宗路交差点でポリスラインを設置した40代の女性警官に悪口をあびせて顔を殴った。法院は、執行猶予2年(懲役6月)に保護観察1年を宣告して徐氏を釈放した。だが、徐氏は他にも公務執行妨害の前科が数件ある常習犯だった。同月25日、道路を占拠して警察に連行された「全教組」幹部の尹某(51歳)氏は留置場で警察官を暴行して化粧室のドアまで壊した。尹氏も常習的な公務執行妨害犯だったが、執行猶予を宣告された。
法院が、自ら「罪質が悪い」と言いながらも、執行猶予を宣告した場合もあった。金某(48歳、クィックサービス運転士)氏は、昨年6月26日、示威隊と一緒にコリアナ・ホテルを襲撃し、ホテルの玄関を無法地帯にした。金氏は、警察官が自分を逮捕しようとするや示威隊を呼んで逃走した。金氏を追った警察は示威隊に捕まって酷い目に遭った。金氏は、犯行当時警察が自分の顔を識別できないようにマスクとサングラス、帽子を着用した。それでも1・2審の法院は、「金氏が即興的に犯行をした」として執行猶予を宣告した。
ヘルメットと保護装具を着用し、槌を持ち回り機動隊のバスをむやみに壊して、別名「槌男」と呼ばれたユ某(24歳、大学生)氏は、「兵役の義務を努めたなど、善良に生活してきた」という理由で執行猶予の判決を受けた。
もっと大きな問題は、拘束された人44人の中で単純参加者でなく、「指導部」に該当する人々15人は未だ1審も終わっていない状態という点だ。彼らは、「韓国進歩連帯」所属の呉宗烈、韓相烈代表、「参与連帯」所属の朴・ウォンソク、安・ジンコル氏、李明博弾劾連帯の白・ウンゾン氏など、「狂牛病対策会議」所属の在野の人々だ。彼らに対して、法院は6ヶ月を超えても1審さえ宣告できずにいる。
これに対して検察と警察は、「彼らが夜間集会を禁止した現行集示法が『違憲だ』としながら組織的に反発してはいるが、それでもここまで裁判が長引くのは、法院が進歩勢力の顔色を窺っているためだ」と不満を爆発させている。裁判が長くなり、保釈で解放された一部の人々は「第2の狂牛病対策会議」性格の団体を作って活発に活動している。
専門家らは、過激示威隊に対する寛大な量刑が、長期的にわが社会に悪影響を及ぼすという。東国大学の李潤鎬教授は、「犯罪を抑制するためには、それによる利益より費用(処罰)が大きくなければならないのに、現在わが社会で不法示威は、費用より利益が大きい商売だ」と言った。
李教授は、また法院の寛大な判決が、法執行機関の士気や意欲を低下させる副作用も憂慮した。彼は、「熱心に犯法者を捕らえても直ぐ釈放されて、また逮捕せねばならないと、警察官らとしては事故の危険を冒してあえて検挙に出る理由がない」、「結局、公権力が伏地不動することになる」と話した。これは法軽視や公権力に対する嘲弄を生む悪循環につながるということだ。
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