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2008年08月19日 00:00
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序曲(2)  金鶴泳

伊吹は変わった学生だった。
 だいいち、服装が異様である。大学三年ともなれば、大半が背広を着している。だが伊吹は相変わらず学生服のままだった。それに、カラーをつけていない。ホックもいつも外したままである。
 色もひどく褪(あ)せている。金ボタンも高校のマークが入っており、服の丈も短い。高校時代の制服をそのまま着ているらしかった。
 そのうえ、祥一は、彼が靴を履いているのを見たことがない。いつもゴム草履である。いまも、素足のまま、ゴム草履をペタペタと鳴らしている。
 祥一は伊吹の部屋を思い浮かべた。貧相な身なりからして、最初、祥一は、伊吹を貧乏学生と思ったのだが、彼の部屋をのぞいて驚いた。部屋中が本だらけなのである。大きな書架が三つ並んでいたが、納めきれぬ本が床に積み上げられている。いや、放り投げられたように散らかっている。文学書がほとんどだったが、祥一の蔵書の二、三倍にも相当するそれらの本の量は、おのずから彼の経済的境遇を示していた。
 父親は仙台で外科医をしているという。祥一の父親は敦賀市でパチンコ屋を経営しているが、経済的境遇は二人はほぼ同じに見えた。家庭教師などのアルバイトをしている学生が多い中で、二人ともアルバイトをしていない。しかも、自分の勝手な理由で、悠々と留年に踏み切っている。

 落第とはいわず、留年と彼たちはいっていた。落第とは、単位不足で、大学当局の方から申しわたされるものである。伊吹も祥一も、みずから欠校し、みずから単位不足を選んで、みずから落第の道に進んだのである。落第という言葉には恥辱感が伴う。だから彼たちは留年という。しかも三年に進級してから留年一に踏み切ったのである。T大学では、二年間の教養課程のあと、三年になってから専門課程に入る。留年する学生は、専門課程に進む際、成績が悪くて自分の志望する専門学科に行けず、そのために留年するのがほとんどだった。全体の一割を越すだろうか。
 いったん専門学科に進んだら、あとはエスカレーターに乗ったようなものである。普通に大学に通っていれば卒業はできる。にもかかわらず、伊吹も祥一も、三年に進級してから留年に踏み切っている。
 ロシア語を勉強したいから、というのが祥一が父親にいった理由である。父は愚痴っぽいことを何もいわなかった。
「好きなようにやれ」
 父がいった言葉はただそれだけだった。本当は別の、祥一自身にもよく説明できない理由があったのだが、父はそれをきこうともしなかった。両親の不和のために、祥一はふだんは父に恐怖とも嫌悪ともつかぬ感情を抱いていたのだが、こういうことになると父は潔(いさぎよ)かった。男らしかった。
「大学を続けながらそっちの方の勉強をすることはできないのかい。一年が無駄になってしまうじゃないか」
 そういう愚痴をいったのは、ふだん祥一が同情を抱いている母の方だった。祥一はそこに男と女の違いを見たような気がした。男親は遠くを見る。その点、女親は近視眼的である。
<回り道も勉強のひとつだ>
 祥一は母にそういおうとしたが、そんなことを理解できる母でもない。祥一は母の愚痴を黙ってきいていた。
 しかし、伊吹の場合、留年の理由は何なのだろう。

木丁画

第3183号 1984年6月20日(水曜日) 4面掲載

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