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故・李熙健(イ・ヒゴン)新韓銀行名誉会長(1915~2011)が、2026年9月の「今月の在外同胞」に選ばれた。在外同胞庁は選定理由として、在日同胞社会の経済的自立と韓国の金融発展に貢献した功績を挙げた。 (ソウル=李民晧)
民族金融機関・大阪興銀を創立
李名誉会長は1955年の民族系信用組合・大阪興銀の設立から1982年の新韓銀行創立まで、在日同胞社会の金融基盤を築き、母国・韓国の金融発展をリードした在日同胞の指導者であった。15歳で日本に渡り、経済活動を始めた李名誉会長は、戦後の闇市の時代に大阪・鶴橋市場繁栄会の初代会長を務め、在日同胞をまとめた。当時日本の金融機関から融資を受けることが難しかった同胞を支援するため、大阪興銀の設立に尽力した。 在日同胞が安定した金融サービスを利用し、自立できる経済的基盤を整えた。その後、李名誉会長の視線は母国へと向かった。在日同胞が母国・韓国に安定して投資できるよう、1974年に在日韓国人本国投資協会、1977年には第一投資金融の設立を主導した。
341人の在日同胞の出資で新韓銀行を設立
1982年には、341人の在日同胞有志の出資を取りまとめ、新韓銀行の設立を主導した。当時、創立株主が掲げた精神は「金融報国」だった。銀行名には「新しい韓国」という意味を込め、「新韓」と名付けた。"金融で祖国に報いる"という理念には、在日同胞社会で培った力を韓国の経済・金融発展につなげていこうという意思が込められていた。 李熙健名誉会長は新韓銀行の初代代表取締役会長を務めたほか、新韓証券、新韓総合研究所、新韓生命保険などの設立と成長にも深く関わり、今日の新韓金融グループの基盤づくりに貢献した。
韓日交流の促進にも尽力
李名誉会長は金融だけでなく、韓日両国の交流や社会貢献にも力を注いだ。1970年には大阪万博在日韓国人後援会会長、1982年にはソウルオリンピック在日韓国人後援会会長を務め、1981年には東海オープンゴルフ選手権(現在の新韓東海オープン)を創設した。 このほか、1990年には約1400年にわたる韓日文化交流の歴史を再現した「四天王寺ワッソ」祭りを創設し、大阪国際花と緑の博覧会の在日韓国人後援会会長も務めた。1992年には母国製品の購入運動「BUYKOREAN運動」を展開。1995年の阪神・淡路大震災では被災者の救援活動と緊急生活資金の支援に乗り出した。2008年には、韓日両国の相互理解と交流促進を目的とする公益財団「李熙健 韓日交流財団」を設立した。
韓日両国で勲章を受章
こうした功績が認められ、韓国政府からは1等級の勲章である国民勲章・無窮花章と体育勲章・青龍章を、日本政府からは瑞宝章をそれぞれ受章した。韓国と日本の発展のために生涯をささげた李熙健名誉会長は、2011年3月21日、94歳で死去した。
金炅俠(キム・ギョンヒョプ)在外同胞庁長は、「李熙健会長の人生は在外同胞の成長が同胞社会を超えて韓国の発展につながり得ることをよく示している」とした上で、「同胞の信頼と力を結集し、母国の金融に新たな道を切り開いた李会長の挑戦と献身を、韓国国民に記憶していただきたい」と述べた。
 | | 1987年11月30日、88ソウルオリンピック在日同胞後援金を政府に贈呈する李熙健会長(左)当時、李会長は在日同胞からの後援金100億円の募金に大きく貢献した。 | |